竜胆

 

「鷹通、これを」

 泰明から差し出されたのは白い紙に包まれた小さな包み。

丁寧に折り包まれたそれを開いてみると、中には何かを磨り潰した粉が入っていた。

「泰明殿、これは…?」

「竜胆の根と幾つかの薬草を磨り潰したものだ。最近、お前は胃が痛いと言っていただろう」

 だから作ったのだ、と淡々と言って、泰明は一見無表情に見上げてくる。

 しかし、彼の澄んだ瞳が、期待めいたものを孕んで煌いているのが、鷹通には分かった。

 その意味は明白だ。

 明白であるだけに、思わず鷹通は、う、と息を呑む。

この薬が非常に苦いことで有名だからである。

 だが。

 この前、泰明に時折、胃が痛むことがあると洩らしたのは事実。

 それを受けて、泰明が自分の為に、胃に良い薬をわざわざ作ってくれたのだ。

 この気遣いを無下に断るなど、とんでもない。

 …何より、目の前で煌いている泰明の瞳に負けた。

「有難う御座います、泰明殿。貴方が手ずから作られたものです、きっと良く効くことでしょうね」

 そう笑顔で礼を言い、家の者に白湯を持ってこさせると、鷹通は内心気合を込めて、泰明の前でその粉薬を口に入れた。

 すぐに白湯で喉の奥に流し込んだが、やはり、苦かった。

 あまりの苦さに思わず咳き込むと、泰明が慌てた様子で、背中を撫でてくれる。

「大丈夫か」

「…ええ、有難う御座います」

 心配そうに覗き込んでくる瞳と、背を撫でてくれる細い手の優しい甘さが心地良く、

今だ舌先に残る薬の苦味を和らげてくれる。

 どうにか咳が治まると、鷹通は無言で袖を広げる。

泰明は心得たように、その腕の中に収まった。

 今度は鷹通が、泰明の華奢な背中を優しく撫で、見上げてくる澄んだ瞳と微笑み合う。

「鷹通、仕事も大事だが、あまり無理をするな。無理をし過ぎて、倒れてしまえば、その分仕事が滞るのだぞ」

「その通りですね、気を付けます」

 少々分かり難い気遣いの言葉に、素直に礼を言いながら、鷹通は密かに苦笑する。

 泰明は胃痛の原因を仕事のし過ぎだと思っているらしい。

 半分は当たりだ。

 しかし、もう半分は、今腕の中にいる美しい恋人に、実は原因がある。

 あまりにも彼が美し過ぎるから。

純粋過ぎるから。

偽りのない優しさを持っているから。

誰もが彼に惹き付けられる。

 だから、いつだって、自分は落ち着けないのだ。

 彼はいつでも自分を想い、こんなにも誠実に接してくれているのに。

 そして、そんな彼の気持ちを、自分も信じているのに。

「…自信のなさの表れですかね」

「何の話だ?」

 思わず、呟いた言葉に不思議そうに訊ねられ、鷹通は笑顔で首を振り、長い前髪から覗く彼の白い額に口付ける。

 くすぐったいのか、笑いながら僅かに身を竦める姿が愛おしい。

 例え、時折胃が痛もうとも、彼のことは手離せない。

自分にとっては、泰明こそが痛みの原因であると共に、竜胆の薬でもあるのだから。

尤も、彼は竜胆の苦い根というよりは甘い花に近いが。

これからも努力していこう。

彼に相応しくなれるよう。

ずっと共にいられるように。

 

竜胆の花言葉:誠実・貞節


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