女郎花

 

 ふたりで過ごす久し振りの余暇。

 バイクの後部座席に泰明を乗せて、天真は夕暮れの通りを走る。

 背中から回された泰明の細い腕と身体の温もりにはいつまで経っても慣れることがない。

 彼に触れる度ごとに、胸は騒ぎ、心は浮き立つ。

 夕食の時間にはまだ少し早かったので、大きな河原に辿り着いたところで一旦バイクを止めた。

 落陽を受けて、川の水面がきらきらと輝き、河原には女郎花が咲き群れている。

 心に深々と染み入っていくような静かで美しい秋の夕暮れの情景。

「…美しいな」

 天真に次いで被っていたヘルメットを脱いだ泰明が、感嘆の声を上げる。

 乾いた秋の風が、メットから零れ落ちた泰明の翠色の髪を舞い上げながら通り過ぎていく。

 流れる長い髪に引き寄せられるように傍らを見遣れば、そこには夕陽に飾られた泰明の姿があった。

 真っ白な肌は陽の紅に染まり、透明な瞳は陽の煌きを受けて、川の水面のように揺らめき輝いている。

 目の前の美しい自然の情景と無理なく一体化する泰明の美しさ。

 泰明は出会ったときから少しも変わらない。

 その容姿(すがた)や心は、今も尚、澄んで美しい。

 それは川の水が流れるように。

たおやかな花が閉じて、次の季節にまた、花開くように。

紅く燃える陽が沈み、次の日もまた燃えるように。

泰明の変わらぬ美しさは、そんな悠久に巡る自然の姿に似ていると思わせる。

 天真はいつもそれに目を奪われるのだ。

また同時に、少し寂しい気分も味わう。

 手を伸ばせばすぐその身体に触れられる場所にいるにも関わらず、彼の存在を遠く感じてしまって。

「ちょっと感傷的になってるかもな」

 こうした感傷は自分には無縁のものだと思っていたのに。

 そうひとりごちると、

「何か言ったか、天真?」

泰明が華奢な首を傾げる。

「いや、何でも。そろそろ行くか」

 河原にいる人間はあまり多くはないが、全くの無人ではない。

 そのうちの泰明への視線が気になってきた。

 こうして感傷的になっていてさえ、独占欲だけは働くのだから困ったものだ。

 美人の恋人を持つというのは楽ではない。

 見るともなく沈む夕陽を眺めながら、シートに置いたメットを取ろうと伸ばした手を、泰明が不意にきゅ、と掴んだ。

「どうした?」

「天真の目の中に夕陽が見える」

 泰明がまっすぐに天真の瞳を見詰めて、にっこりと笑う。

「綺麗だ」

 無邪気な笑みと言葉に、天真は一瞬呆気に取られる。

 それから、ゆっくりと照れたように笑った。

華奢な手の温もりに、先程までの寂しさが拭われるよう。

「馬鹿、何言ってんだ。今、映ってるのは違うだろ?」

 泰明は天真の瞳を覗き込みながら生真面目に応える。

「そうだな、今は私の姿が映っている」

「そうだよ」

 夕陽よりも花よりも綺麗な泰明の姿が。

 笑顔で頷いて、天真は繋いだ手を引き寄せる。

 川辺のふたつの影がひとつに重なった。

 

 女郎花の花言葉:永久・美人


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