Blue 〜ray

 

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「お返事は今すぐ頂きたい」

 友雅の言葉に、黙していた御門が口を開き掛ける。

 しかし、その口から出て来る筈の応えは、扉をノックする音によって、唐突に封じられた。

 その場にいた三人は弾かれるように扉を見遣る。

「…如何した」

 御門の問いに、扉越しに緊迫した声が応える。

「お話中、申し訳ありません。御門、只今、この会場に軍が…将軍がお見えになりました…!」

「何…?!」

 御門が驚きの声を上げ、友雅と鷹通も緊迫した様子で、互いに顔を見合わせる。

「将軍御自身がこの舞踏会に興味を覚えられての個人的な来場とのことですが…邸門の外に一個小隊を控えさせています」

 つまり、将軍の裁量如何によっては、会場内が荒らされる可能性があるということだ。

まさか、今夜の自分たちの行動が軍に、しかも、軍の頂点に立つ将軍に知られているのでは…?

こみ上げる不安を堪えて、鷹通は唇を噛む。

友雅の表情もやや厳しい。

「将軍は花園侯爵と挨拶を交わされた後、会場内を御覧になっているようです。

間もなく御門の元にも挨拶に来られるかと…そのことで侯爵が至急お伝えしたいことがあるそうです」

「…分かった。ひとまず下がってくれ」

「は」

 扉の外の気配が遠ざかると、御門がゆっくり椅子から立ち上がった。

「残念だが、話はここまでだ。どうやら、軍はそなたらの動きを知っているらしい…」

「そうとは限りません」

「確かに。しかし、このように貴族も軍から監視されているのは事実。御門とはいえ、私とて例外ではない。

私の一存で、一族やそれに連なる者を危険に晒すことはできぬ」

「御門」

 言い掛ける友雅を、御門は軽く手を上げて制し、言葉を続けた。

「しかし、僅かな危険をも避ける為に身を潜め、息を潜めるだけでは状況は好転しないとそなたは言うのだろう?

…この件については改めて、鷹通の元に、使いを送ろう。返事もまた、そのときに」

 御門の言葉は表面上は友雅が求めた返事を保留にするものだったが、

その実、今後も友雅らレジスタンスと接触を持ち、求めた以上の協力を約束するものであることは明らかだった。

「有難う御座います。お使いを迎えられる日を心待ちにしております」

 言いながら腰を折り、そこでやっと思わず、というように大きく息を吐く友雅に、御門は微笑んだ。

「安堵するのはまだ早いであろう。軍に見付かる前に早くここを出たほうが良いのではないか?」

「仰るとおりです。せっかくのお話も軍に捕まっては水の泡だ。それでは、御前を失礼させていただきます」

「そなたらの無事を願っているぞ」

 もう一度、礼をして友雅と鷹通は部屋を後にした。

 

 

「兄上」

 扉が閉まった後、先程まで御門が腰を掛けていた椅子の背後の壁に優雅に弧を描くように掛けられていた厚い幕が動き、

ひとりの気品ある少年が現れた。

 上げられた幕と壁の間にはひと一人が余裕を持って佇めるだけの幅がある。

 御門は肩越しに振り返り、少年の名を呼んだ。

「永泉。先程の話、聞いたな」

「はい」

 静かに応える弟に頷きを返し、御門は視線を正面に戻した。

「ついに決断するときが来たのやもしれぬ」

「…はい」

「永泉。そなたにも力を貸して欲しい」

「……御心のままに」

 揺らがない御門の言葉に応えながらも、紫の髪と瞳をした少年は不安げな面持ちで窓の外を見遣った。

救いを求めるように。

 

 

「鷹通、君は先に脱出路へ向かってくれ。私は泰明を連れて後から行く」

「分かりました。どうぞお気を付けて」

 部屋を出てすぐ人目を避けるため庭に下りると、鷹通と二手に別れ、友雅は会場へと向かった。

 無事、会場内の泰明を見付け、連れ出す。

 友雅が広間に辿り着いたときには、既に軍が内に踏み入っていた。

 予想以上に軍の動きが早い。

 一刻も早く脱出しなければ。

 森を模して造られた庭の木々を擦り抜けるように走りながら、友雅は遅れず傍らを付いてくる泰明をちらりと見た。

 

会場で見付けたときから、泰明の様子が少しおかしい。

動作に乱れはないし、友雅の言葉にもちゃんと応えを返す。

 しかし、何処か上の空だ。

 気になったが、今はそれを追及する暇が無い。

 

 軍の探索は現時点で邸内に搾られ、また、この騒動に本来庭にいる筈の警備の者も邸に引き上げているのだろう、

広い庭には人気が全く無い。

 しかし、もうすぐ頼久らが整えてくれている脱出路に入れるというところで、前方から灯りが近付いてくるのが見えた。

 見回りの者か。

 立ち止まり、周囲を見渡すが、そこにあるのは身を隠すには幅が足りない人工の木々ばかりだ。

 その間にも灯りは徐々に近付いてくる。

 灯りは一つ。

 その揺れ具合の覚束なさから見て、外回りの警備の者という訳ではなさそうだ。

 恐らく、内仕えの使用人か。

 友雅はそう当たりを付けるが、相手が誰であれ、身を隠す場所がない以上、自分たちが見付かるのは時間の問題だ。

 こうなっては、見咎められる前に、相手の口を封じるしか手は無いか。

 泰明もそう考えたのだろう、す、と友雅の前へ出ると同時に、灯りに向かって飛び出そうとする。

「待って、泰明」

 その二の腕を掴んで友雅は、泰明を留めた。

 意外そうに振り向く泰明に、聞こえるか聞こえないかの声で囁き諭す。

「出来れば、穏便に済ませたいんだ。後になって誰も疑う者が出てこないようにね」

「どうするのだ」

 問う泰明の目元を覆う仮面を友雅はそっと外す。

「お叱りは後で受けるよ」

 その碧い瞳に、この緊迫した状況にそぐわない悪戯っぽい光が一瞬閃いた。

「友雅?」

 それに気付いた泰明が柳眉を僅かに顰めると同時に、友雅は掴んでいた彼の腕を強く引き寄せる。

 細い身体を強引に抱き込めながら、その背中を傍の木の幹に押し付けて自由を奪う。

「とも…ッ…?!」

 問いの為に開かれた柔らかな唇も口付けで塞いだ。

 

 友雅の唐突な振る舞いに、泰明はただ眼を瞠ることしか出来ない。

 事態を理解しようとする傍から、深められていく口付けに思考は乱され、一向に纏まらない。

「…ッ…んぅ…!」

 何時の間にかドレスの裾をたくし上げて忍び込んできた手が、直に素脚に触れてきて、泰明はびくりと身体を震わせた。

 そのとき、

「…そ、そちらに、どなたかいらっしゃるのですか?」

怯えたような男の声が投げ掛けられ、泰明は一瞬我に返り、身を固くする。

 

 見付かる?!

 

 しかし、友雅は近付いてくる足音にも動じない。

逆に一層、華奢な身体を抱き締める腕に力を篭め、手指を進める。

脚から大腿まで丁寧に愛撫する手に、泰明の思考は再び解けていった。

 

気を利かせてひとり外の見回りに出た使用人は、庭の木々の合間に不審な人影を見付けた。

思い切って声を掛けてみたが、返事がない。

しかし、こちらに害意があるようにも見受けられない。

暫し、逡巡するが、意を決してその人影にゆっくりと近付いていく。

近づいていくに連れて、頼りない常夜灯の灯りの下、人影の正体が徐々に明らかになる。

一本の木に寄り掛かるようにして縺れ合う一組の男女。

顔は見えない。

しかし、朧な灯りに女性の纏うドレスが煌きを零した。

その合間から女性のしなやかな白い脚が見え隠れする。

「…っ…こ、これはっっ…申し訳御座いません!!」

 貴族の逢い引きの場に行き合わせてしまったのだと悟った使用人は、

真っ赤になって慌てて身を翻し、急いでその場から離れた。

 実は貴族の間では、こうした舞踏会で出会った男女が示し合わせて会場を抜け出し、逢い引きをすることがよくある。

 互いに相手がいるにも拘らず、そういった遊びを愉しむ者も多い。

 その為、偶然にもそのような場に居合わせてしまった使用人は、ひたすら口を噤み、

見て見ぬ振りをすることが暗黙の了解になっている。

 この濡れ場に居合わせてしまったのも、そんな貴族の邸に仕える使用人の鑑のような男だった。

 それ故、後にひとりで庭の見回りに出ていた間のことを軍に尋問されたときも、

彼は誰とも会わなかった、何も見なかったと応えたのだった。

 

 

 遠ざかる足音が聞こえなくなってやっと、友雅は泰明を解放した。

「何とか誤魔化せたようだね…っと、大丈夫かい?」

 そのまま崩折れそうになる泰明の身体を支えようと、友雅は片手でその細い腰を再び抱き寄せる。

 一瞬後、白い手が翻った。

 人気の無い木々の合間に鋭い音が響き、薄闇に吸い込まれるように消えていく。

「…つぅ……」

 避けることなく、泰明のきつい平手を頬に受けた友雅だったが、流石に痛い。

「…誤魔化すにしても、ここまですることはなかった…!」

 色違いの瞳を潤ませ、僅かに紅を刷いている目元を一層艶やかに染めて、泰明は友雅を睨む。

 声は出来る限り抑えているが、ここまで怒る泰明の姿は珍しい。

 怒った姿まで麗しい恋人に、友雅は苦笑する。

「まあ、私もここまでするつもりはなかったんだけどね…」

 腕の中で、友雅の指の動きひとつひとつに敏感に反応して、

儚い身じろぎをする泰明の姿と直に触れた滑らかな肌に煽られて、つい調子に乗ってしまった。

「悪かったよ。君が怒るのは尤もだ。さっきも言ったように、お叱りは後で幾らでも受けるよ。

でも、まずはここを抜け出してからだ。分かるね?」

 宥めるようなおどけるような口調でそう言って、友雅は両腕を広げてみせる。

 その右手には、既に銃が握られている。

 泰明が大腿に吊るしていた物だ。

 あの茶番劇の合間に、ちゃっかりと抜き取っていたらしい。

 まだ、泰明の怒りは収まらなかったが、友雅が言うように、ここを脱出することが現在の最重要事項だ。

「分かっている」

 泰明は憤懣やる方ない様子で応え、走りにくいパンプスを脱ぎ捨てた。

 腹立ち紛れにそのパンプスを友雅に向かって投げ付ける。

「おっと」

 やや苦笑しながらも楽しそうにそれを受け止めた友雅の姿を目の端で捉えながら、

泰明もまた大腿に吊るした銃を抜き取り、裸足で敷き詰められた人工芝の上を走り出した。

 

 今は、一刻も早く外へ。


to be continued
やっすんのドレスの下に武器を忍ばせた真の(?)理由はこんなところにあったのです(笑)。 取り敢えず、これでこの話でやろうと思ってた野望は殆ど果たされました♪わ〜い!!(笑) いやね、こんな際どいところに隠した銃を、友雅氏がやっすん自身に取らせる訳が無いなと。 絶対自分の手で取るなと!!(大笑) …そんな流れで今回の濡れ場を演じる(?)エピソードが出来上がりました。 ま、真のエロ大将だからね、このひとは(笑)。 しかし、調子に乗ってしまった友雅氏に流石のやっすんもご立腹(苦笑)。 怒ってても可愛いのはお約束で♪ …お叱りを受けても、友雅氏が反省しさなそうです(むしろ、嬉しそうだ…/笑)。 偶然濡れ場に遭遇してしまった使用人になりたい人手ェ上げて! はいっ!はいっ!!(お前かよ!) ちなみに、この八話で永泉が初顔見せです! その後のともやすシーンの所為で、ちょっと影が薄くなっちゃったかもしれませんが(汗)。 彼の本格登場は次の連載から。乞うご期待!(取り敢えず言っておこう、頑張る為に…/笑) 次回はエピローグにできたらいいなあ…(曖昧だな/苦笑) top back