Blue 〜knot

 

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 スクリーン代わりにした白い壁に、ひとりの青年の顔が映し出された。

 顔立ち自体は平凡だが、濃い眉と鋭い眼光が印象的な、見るからに、意志の固そうな面持ちである。

スクリーンの脇に立った鷹通が静かに口を開く。

「瀬里沢信(セリザワシン)。フリージャーナリストです」

「そのフリージャーナリストが何で、ここに出てくるんだよ?」

 不可解さを隠そうともせずに、天真が問うのに、鷹通は微笑み、この場にいるひとりひとりの顔を見渡しながら、言葉を紡ぐ。

「現在、我々レジスタンスに必要なのは、組織としての足固めと、信頼に足る同志を増やすことです。

前者は徐々に進められていると言ってよいでしょう。しかし、後者の同志の数は、まだまだ足りない。

何よりも、国民の多くを占める一般民の階級…とりわけ、最も軍に虐げられている下層階級出身の同志がいない。

現在のレジスタンスメンバーは、殆どが軍関係者、及び貴族階級で構成されています。

唯一、天真殿は一般民階級出身ですが、その中でも富裕層の出でしょう?」

「まあ、そうだが…」

「この国の現軍事政権の打倒を目指すからには、同志はあらゆる階級から集められるのが望ましい。彼らの協力があってこそ、真の改革が可能となるのです」

「しかし、鷹通、下層階級の人々は、恐らく自分と家族の生活を保つことで精一杯だろう。

我々の活動に参加する暇などないのではないかな?」

「そうかもしれません。ですからまずは、彼らに我々組織の存在を密かに知って貰うことから始めたいと思うのです。

彼らのうちに、今の苦しい生活は変えることが出来るものなのだという考えをしっかりと拡げていきたい。忍従だけが出来ることではないと。

そうして、彼らの心に希望と、現状に立ち向かう勇気を与えることが出来れば…」

「なるほど、大きな力になりますね」

 頼久の言葉に、鷹通が頷く。

 泰明がスクリーンに映し出された青年の顔を見詰めながら、口を開く。

「では、この男は、下層階級出身、もしくは、下層階級の者たちとの関わりの深いジャーナリストなのか?」

 僅かに首を傾げて淡々と問う泰明に、鷹通は微笑み掛ける。

「先を越されてしまいましたね。その通りです。

元々、正規の教育を受けられる環境にあった富裕層出身のジャーナリストが多い中、彼は唯一下層階級の出で、

奨学金制度によって教育を受け、ジャーナリストになった方です。

下層階級の立場から、現在の軍事社会を、臆せず批判する彼の活動は、公的なメディアからは無視され続けていますが、

一般民、特に下層民の中では、密かに支持する者たちが多い。それだけ彼は一般民を中心とした社会での発言力があるということにもなります。

また、彼はその社会での独自の情報ルートを持っている筈です。

彼の協力を得ることが出来れば、最も効率的な形で、我々の存在を皆に知ってもらうことが可能になると思うのです」

 鷹通の言に、皆納得したように頷き合い、友雅が代表して言を発する。

「では、賭けに出てみようか。誰が瀬里沢氏を口説くかい?」

「私が、と言いたいところなのですが…実は、彼とは顔見知り程度で、あまり交流が無かったのです。

はっきり申しますと、彼の方が、私を敬遠して避けている風でした」

「鷹通殿が、貴族階級出身だから…でしょうか?」

「恐らく」

 遠慮がちに口を挟んだ永泉に頷き、鷹通は片手で眼鏡を押し上げつつ、僅かに苦笑する。

「ですから、私が直接彼を訪ねて、話を持ち掛けても、取り合ってくださらない可能性が高い。

彼を最初に訪ねるのは、私と永泉様を除いた他の方が宜しいでしょう」

「では、私が行こう」

 さして、迷う素振りも見せず、さらりと言った友雅に、鷹通が真摯な眼差しを注ぐ。

「行って、下さいますか」

「ふふ、分かっているよ。君は最初から私に行かせるつもりだったのだろう?この一件は、レジスタンスの命運を左右する重要事項だ。

仮にもレジスタンスの代表である私が動かずして、誰が動くか、といったところだろう。

まあ、皆の期待に副えるかどうかは分からないが、力を尽くしてみるよ」

「お願い致します」

 鷹通によれば、瀬里沢は、情報都市外れの集合住宅にいると言う。

「万が一の場合もあります。私も同行致しましょう」

「ああ、頼むよ」

 頼久の申し出に友雅が頷き、携帯端末に地図を読み込ませる。

その間を見計らうように、鷹通が再び口を開いた。

「それから…現在の軍の動きについて、気になる点があります。

軍関係者であった方は既にご存知でいらっしゃるかと思いますが、軍は公にしない幾つかの特殊部隊を持っています。

例えば…暗殺部隊『楽園(エデン)』」

 友雅と頼久の瞳に鋭い光が走り、泰明は、ほんの僅か身を強張らせる。

 鷹通の言葉は続く。

「最近になって、軍は新たな特殊部隊を編成する動きを見せ始めているようです」

「それはどのような特殊部隊だ?」

 泰明の静かだが、何処か張り詰めた問いに、鷹通もまた、張り詰めた表情で応えた。

「得られる情報が断片的なので、断言は出来ませんが…特殊能力…いわゆる超能力を持った者たちを集めた部隊だと考えられます」

「…軍の奴ら、本気か?」

「暗殺部隊を編成する軍です。特殊能力者による部隊を組織しようとしても不思議ではありません。

…最近になって、軍は国中のあらゆる場所に部隊を派遣しています。軍事的に重要な拠点ではない郊外の村里にまで。

しかし、取締りの為の部隊にしては人数が少な過ぎる。恐らく、素質のある少年や少女を探し出す特殊任務を負った人員ではないでしょうか?

そうして、見つけ出した彼らを、しかるべき施設に連れて行き、隊員に育て上げる…

現在ほど頻繁ではありませんが、三年ほど前から、このようなことが行われていた節があります」

 見つけ出した少年少女を、軍がどんな方法で連れて行くか、

また、施設でどのような育成をするのか、鷹通は口にしなかったが、皆には想像が付いた。

その瞬間、それまで突飛な軍の行動に半ば呆れ顔だった天真が、顔色を変えた。

しかし、他の面々も、皆一様に暗い想像に捕らわれていたので、その変化に気付いたのは、隣に座っていた泰明だけだった。

「今も、情報都市外の最も近い街に、部隊が派遣されているようです」

 瞳に鋭い光を宿したまま、友雅が口を開く。

「分かった。その件に関しては、我々はまだ、動ける段階に無い。だが、皆、心に留めておこう。

鷹通、引き続き、その件を含めた軍に関する情報集めと暗号解読をお願いする。進展があれば随時知らせを」

「分かりました」

「永泉様、貴方も引き続き、御門との連絡役をお願い致します。

また、皇宮内での貴族の動向に気を付けていただきながら、見込みのある貴族の見極めもしていただけると助かります」

「分かりました。私の力の及ぶ限り」

 短い会議が終わり、それぞれが次の行動の為に、立ち上がる。

ふと、天真が無造作に立ち上がりながら、言葉を発した。

「悪い。早速だが、今日一日、単独行動をさせてくれ。今、話に出た街に行ってみたい」

 色の薄い髪を片手で掻き揚げつつ、天真は殊更素っ気無い口調で言う。

 それに、友雅は頷いた。

「分かった。気を付けて行っておいで」

「無謀な行動は慎むのだぞ」

「分かってるよ」

 頼久の注意に、少し眉を顰めて応えてから、天真は身を翻す。

 その背中に向かって、泰明が言う。

「私も行く」

「…お前、何言ってるんだよ。俺は個人的な用事で行動するんだぞ。お前が一緒に来る理由が無い」

 驚いた様子で、また、何処か戸惑ったように、振り向いた天真が言うのに構わず、泰明は友雅に振り返る。

「私は天真に同行したい。良いか、友雅?」

 真っ直ぐ見詰めてくる澄んだ二色の瞳に、友雅は微苦笑する。

「いいよ。行っておいで」

「おまっ、何言ってんだよ!!」

「姫君のたっての願いだよ。無下に断るなど、とんでもないことだ。君は、そうは思わないかい?」

「…ッ、ずるいだろ、その言い方は!」

「お前の私的な調査の邪魔はしない。私は私の調査をする。

軍の特殊能力者集めについて、先ほど、友雅は動ける段階にないとは言ったが、それは組織として、だろう?

現段階で、軍の不審な動きを、相手の目に付かぬよう出来る限り追うことは、意義のあることだと思う。

情報都市近くの街に問題の部隊が駐留している今が、その最も良い機会だ」

「……」

 泰明の冷静、且つ的確な意見に、天真はこれ以上の反論を封じられる。

「勝手にしろ」

 乱暴に言い捨てて、天真は歩き出す。

「お気を付けて」

「無事のお帰りをお待ちしております」

 見送りの言葉に頷いた泰明は、最後に、友雅の瞳が優しく頷き掛けてくるのに、軽く頷き返してから、細い身体を翻した。

 

 

 道は、先日降った雪の名残でぬかるみ、汚れていた。

 雨と同様、雪にも含まれる有害物質を恐れる為に、出歩く人の数は少ない。

 足場の悪い道を、天真は常と変わらぬ速度で難なく歩いていく。

 彼に遅れず、傍らを歩む泰明を横目で見遣り、小さく舌打ちした。

「どうした、天真?」

 その仕種に気付いた泰明が、怪訝そうに首を傾げる。

 無垢な仕種と、端麗な容姿は天使そのものだが、そのほっそりした身体は黒一色の衣服に包まれ、

細い腰には黒光りする拳銃が吊り下げられている。

 泰明がそのおとなしげな外見に反して、活動的で、ときには攻撃的でさえあることを、天真は充分承知している。

 また、攻撃的であるときも、冷静さを失わず、的確な判断を下せる泰明は、

天真にとって足手纏いになるどころか、心強い助けとなる筈だ。

 それでも、泰明を想う身としては、なるべく彼を危険から遠ざけ、守りたいという気に、

つい、なってしまうのだが、今現在、天真が苛立っている理由は、そのこととは別にある。

「お前、俺のことなんかにかかずらってる暇なんかねえ筈だろ」

「そうだ。私はお前とは別の調査をする為に行くのだ。お前の調査を手伝う為ではない」

 ただ、行く先が同じだというだけのこと、と、泰明は淡々と言い返したが、

実のところ、彼が自分のことを案じてここまで付いてきたのは、明白だった。

「…全く、質が悪い」

 しかも、こんな気持ちに余裕のないときに、ふたりきりで出掛ける羽目になるなど。

(友雅の奴も、大した余裕だぜ。泰明が別の男と行動するのを簡単に許しやがって)

 自分が男として侮られているような気すらしてくる。

 溜め息と共に、吐き出した文句に、不意に泰明が不安そうな顔をする。

「やはり、私が同行するのは迷惑だったか?」

 幼い迷子のように心細げな顔で天真を見詰めてから、僅かに俯く。

 白い頬に落ちる、伏せた長い睫が作る憂いの影。

 そのあどけなさと、婀娜っぽさの不均衡に、却って惹き付けられてしまう。

「…違う、そうじゃない。…ったく、何でそんな顔するんだよ…」

 片手でぐしゃぐしゃと髪を掻き回し、そうぼやいた天真は、無造作に腕を伸ばし、泰明の細い手首を掴んだ。

「ッ!天真?」

 不意を突かれた泰明は、そのまま近くの路地へと連れ込まれた。

「このままだと、俺がお前にとって迷惑なことをするんじゃねえかってこと」

 両腕を広げれば、両壁に手を付くことの出来るほど狭い空間で、建物の壁と己の腕で、泰明の華奢な肢体を抱え込みながら、天真は呟く。

「迷惑な、こと?天真が、私に?」

不思議そうに首を傾げる泰明の細い頤を捉えて、僅かに仰向かせ、瞬きを繰り返す大きな瞳と視線を合わせる。

僅かに開かれた薄紅色の唇が、無防備で無意識な誘いを掛けてくる。

惹き付けられるままに、己の唇を寄せ掛けて…しかし、天真は、途中で大きな溜め息を付いて、泰明の細い肩に突っ伏すように額を付けた。

「天真、どうしたのだ?身体具合が悪くなったか?」

澄んだ目を瞬きながら、天真の行動を凝視していた泰明は、驚いて天真の肩に触れる。

「……あ〜…ある意味、重症だぜ」

「え?」

「いや、何でもない。悪かったな、驚かせて」

 誰一人として邪魔者のいないこの状況だ、いっそのこと、今まで抑えてきた欲望に流されるままに、行動してみようかと思ったが……

 一点の曇りも無い、ひたすら無垢な泰明の瞳に負けた。

 何事も無かったかのように、天真は泰明を解放し、路地を出る。

 全く乱れの無い軽やかな靴音が後に付いてくるのを耳にしながら、天真はもう一度溜め息を吐いた。

 この展開が想像できたからこそ、友雅は敢えて、泰明が天真と行動を共にするのを許したのかもしれない。

 そう思い付いて、天真は一層、憮然とするのだった。

 

 目的の街に辿り着くと、天真は携帯端末を取り出して、近辺の地図を表示させた。

「軍は街の中心を拠点に動いてるっていう話だったな。この通りを真っ直ぐ行くと、街の中心の広場に辿り着くから…

よし、ここから左右に分かれて、通りに沿って徐々に外側から内側に入るような形で、互いに街の様子を見ていくことにしようぜ」

「分かった。では、軍の駐留する広場からは少し離れた、この礼拝堂の裏手で、一度落ち合うのどうだ?」

「ああ、いいんじゃないか。何かあれば、互いの端末で連絡を取り合おう」

 手早く話を纏め、天真と泰明は素早く、そしてさり気なく別れて、左右の通りに入った。

 

 左の通りに入った泰明は、常よりも歩く速度を落とし、路地の様子にも目を配りながら、注意深く通りを歩いていった。

 街は、人が暮らしているのが疑われるほど静かだ。

無人のオートストア以外の店が閉まっている所為だろうか。

数人で隊列をなして、通りを闊歩していく黒服の一行が目に入ると、さり気なく身を隠し、出来うる限り、彼らの動向を追う。

時折、各家の門戸を叩いて、聞き込みらしきことをしている彼らの成果も、見たところ、あまりはかばかしくないようだ。

しかし、これだけ人通りが少ないと、こちらの方も見咎められる可能性が高い。

泰明は途中で路地に入り、四階建ての集合住宅の壁を、長い手足と身の軽さを生かし、

一定の間隔を置いて嵌め込まれている窓枠を手掛かり、足掛かりにしてすいすいと屋上まで伝い登った。

 殆どが、居住者でも上がることの出来ないようになっている集合住宅の屋上は、意外な死角となる。

 それでも充分に注意しながら、泰明は密集した建物の屋上伝いに移動を始めた。

 そうして、二つ目の通りの辺りまで来た頃だろうか。

 すぐ下の路地から、罵声らしきものが聞こえてきた。

 様子を窺ってみると、四、五人の少年たちが、ひとりの少年を取り囲んでいるのが見えた。

「余所者の癖に、俺たちの街をうろちょろするな!!」

「何だよ、言いたいことがあるなら、言い返してみろよ!!」

 荒々しく言って、少年たちが取り囲んだ少年を手にした棒のようなもので小突き回す。

 小突かれている少年は抵抗もせず、なされるがままだ。

 暗がりでも目立つ、少年の癖のある金髪が揺らめく。

「気味の悪い化け物は、さっさとこの街から出て行っちまえ!!」

 無抵抗の少年にますます怒りを煽られたのか、不意にひとりの少年が、抵抗しない少年に向かって棒を振り上げた。

「…!!」

 泰明は目を瞠り、咄嗟に屋上から身を躍らせた。

そのまま、少年たちの輪の中心へと飛び降りる。

「うわっ!何だッ?!!」

同時に、振り下ろされた棒を、己の腕で強引に弾き飛ばし、鋭い眼差しを周囲に走らせる。

突然の闖入者に動揺した少年たちは、泰明の美しいが冷ややかな眼差しに一瞬射竦められ、更に浮き足立った。

「ヤバい!大人だ!!」

「黒い服だぞ!軍か?!」

「逃げろッ!!」

 手にしていた金属の棒を投げ捨てて、少年たちは次々と路地から逃げ出していく。

 後に残ったのは、泰明と、ひとり虐げられていた少年だけとなった。

 


to be continued
う〜ん、あまり進んでな…(以下略) ラストで辛うじて、やっすんが詩紋に接触することとなりました。 話を進めていくうちに、拾っておきたいエピソードが幾つも出てきてしまいます。 蛇足として端折ってもいいのでしょうが、せっかく思い付いたんだし、 無理に端折る必要も無いかなと思い、書いてみました(貧乏性)。 そんな訳で、今回の目玉は、てんやすシーンです!! お約束どおりの未遂では御座いますが(苦笑)。 その無邪気さが最大の防御となっている姫(笑)。 それなのに、いざとなると、攻撃的、且つ冷静な姫♪ そんなギャップにときめくのは、きっと私だけではない筈!!(笑) さて、次回から、やっと、しやす(笑)シーンに入れますよ!! また、別方向から街を調査している天真、瀬里沢氏を口説きに行った友雅氏らの動向も追っていく予定。 top back