雪椿

 

ふわり。

ふわり……

 

闇の中。

目の前を柔らかな雪片が過ぎる。

差し伸べた袖に舞い降りた小さな華は、指で触れると同時に、儚く消えてしまう。

刹那の美しさ。

 

まるで、あの人のよう…

 

雪華が舞う中、永泉はゆっくりと歩み出す。

進む先にある低い木立に、寒椿が咲き群れていた。

雪の白さに映える紅が一際華やかだ。

暫し、その麗しさに見惚れる。

 

すると。

 

ぽたり…

 

積もる雪の重さに耐え兼ねたのか、音なき音を立てて、花が落ちる。

純白の雪に浮かぶ紅の花。

椿はその終わりの間際まで美しい。

花芯と花弁がばらばらに崩れることなく、その麗容を保ったまま、潔く地に落ちる。

 

まるで……

 

ぽたり……

 

また、椿が落ちる。

二つ目の花を受け止めた色に、永泉はぎくりとする。

雪の白ではない。

遠い春に萌え出る若葉のような…翠の髪。

そんな柔らかな色を纏った髪を持つ人を永泉はただ一人しか知らない。

 

泰明殿。

 

呼び掛けようとしたが、声が出ない。

 

咲き乱れる椿の下、長い髪を極上の絹織物のように雪の上に広げながら、

そのひとは横たわっている。

絹糸のような髪を、落ちた椿が更に美しく飾る。

 

ぽたり…

 

また、花が落ちる。

滑らかな頬を掠るようにして。

しかし、泰明は固く瞳を閉じたまま。

優美に反った翠色の睫を震わせもしない。

その頬も、袖の内から覗く手指も、雪に同化してしまうほど、白い。

 

…ぽたり……

 

……ぽたり………

 

紅の花は止め処なく、横たわる美しいひとの上に零れる。

空を舞う雪よりは重く、緩やかに。

雪華と共に、そのひとを飾り続ける。

永泉は暫しその美麗な光景に目を奪われた。

 

それはまるで…

葬送の花のようで……

 

そう感じた瞬間、雷に打たれたかのように、背筋に寒気が走った。

弾かれるように彼の元へ駆けていこうとする。

不吉な予感を振り払うために。

彼の美しい瞳の色を見るために。

 

しかし。

逸る心とは裏腹に、足は一向に動こうとしなかった。

どういうことなのだ。

驚愕しつつ、必死に足を動かそうとする間にも、

雪と椿は降り注ぎ、ついには泰明の姿を隠していこうとする。

思わず、動く腕を隠されていく泰明の方へと伸ばしたとき、唐突に気付いた。

 

これは……

 

 

「永泉?」

 

低いが、澄んだ余韻を残す声が名を呼ぶ。

はっと瞳を開いた永泉は、ゆっくりと起き上がりながら額に浮かんだ汗を拭う。

そのとき、強く吹いた風が、木々の葉を巻き上げた。

その鮮やかな葉の黄や紅。

 

…夢だったか。

 

今は秋。

雪の降る季節にはまだ早い。

どうやら、人を待つ間に転寝をしてしまったらしい。

溜息を一つ吐いて、背後の柱に寄り掛かりながら、目を上げると、

傍らに夢から救い上げてくれた待ち人の姿があった。

「永泉。悪い夢を見たのか」

簀子の上にきちんと正座して、気遣うように覗き込む泰明の姿が可愛らしく見えて、

永泉は思わず微笑む。

「有難う御座います、泰明殿。貴方のお陰で悪い夢から抜けることが出来ました」

「私は何もしていない」

淡々とした声に、僅かな気遣いが滲む。

「悪い夢ならば私が祓う。どんな夢なのだ?」

片手で首飾りの連珠を握り締めながら、生真面目に問う泰明に、

永泉は微笑みつつ首を振る。

目の前の華奢な肩から零れ落ちた翠色の髪の流れに誘われるように、

細い身体を抱き締めた。

「貴方がこうして傍に居て下さるだけで、悪い夢は消えていくのです」

素直に身を任せながら、永泉の言に泰明は細い首を傾げる。

「良く分からないが…問題ないと言うのだな?」

「…ええ。問題ありません」

滑らかな手触りの髪ごと華奢な背中を撫でながら、永泉は囁く。

そっと、相手に気付かれぬよう、淡く色付いた唇に苦笑を刻みながら。

 

…嘘をついている。

 

こうして泰明と過ごす時間を愛しいと思えば思うほど、

それがいつ終わるとも知れない不安は増すばかり。

悪い夢は…予感は消えない。

 

自分は彼と出会って、少しは強くなれたと思っていた。

ああ…しかし、結局自分は変わらず、弱いままなのではないか?

 

「永泉」

何か話があるのか、泰明が呼び掛けながら、遠慮がちに身体を離すよう、永泉の胸を押す。

「何でしょう?」

微笑みながら問う永泉を前に、泰明は袂から注意深く何かを取り出す。

「先程、こちらへ参る途中で見付けたのだ」

 

思わず、目を奪われた。

 

差し出された白い手を飾る早咲きの紅の花。

不吉な美しさに彩られた夢の象徴が、今目の前にある。

 

「風に吹かれて花ごと落ちてしまったようだ。

それ故、あまり長くはもたないかも知れないが」

永泉の夢のことなど知りようのない泰明の言葉。

その眼差しは、無邪気なまでに透明だ。

だからこそ、鮮やかな椿を手渡された永泉は、ゆっくりと笑みを深くした。

「……有難う御座います。とても…綺麗ですね」

そう言うと、泰明は嬉しそうに、無垢な笑顔を見せた。

そんな彼を永泉は再びそっと抱き寄せる。

 

誰よりも美しく無垢な彼。

そんな彼が望んでこのような自分の傍に居てくれる。

この現実こそが幸せな夢のよう。

…同時に、いつ彼を失うとも知れない不安は増していく。

 

それでも、このひとを手放すことなど出来ない。

これから幾度となく悪夢に惑わされ、夢と現実が擦り替わる不安に苛まれようとも。

 

この時間が…

 

……貴方が愛しい。


七葉制覇の一環、やっと来たぞ(?)の、えいやすでした。
永泉の所為なのかどうか知りませんが、今回のお話は暗めです(苦笑)。
両想い故の贅沢な悩み、というテーマは雪華と同じなのですが、
暗い方へと視線を向けてしまいがちなのが、永泉ならでは、という感じで(笑)。←私的イメージ。
そんな中でも、さりげな〜く彼の情熱的な面も表現してみた…つもり(汗)。
私の場合、やっすんはどう見ても「姫」にしか見えないのに(ここの辺り病んでますが/汗)、
不思議と永泉はちゃんと男の子に見えるのです(笑)。
だって、お兄ちゃんとそっくりよ…?(に見える)
そう言えば、世の中にはブラック永泉、ホワイト永泉など、色々いらっしゃるようですが(笑)、
うちのは…う〜ん…グレーくらい?皆様はどう思われます?←訊くな。
果たして秋に咲く寒椿が早咲きといえるのかどうか、分かったこっちゃありません(何?!)。
…雰囲気で押し進めてみました……(死)
ちなみに、一番リキ入れて書いたのは、雪と椿に埋もれるやっすんでした!うっとり♪←?

…このお話もフリーです………(ちっちゃい声で)
果たして、こんな暗い話を貰って下さる方が居るのかどうか……(悩)
もし、いらっしゃいましたら、掲示板にて一言頂けると…はい、喜びますです♪

さて、何だかんだ言いつつ、七葉制覇もあと二人ですよ!
しかし…難しそうなのが残っちゃったなあ…(汗)

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