雪華

 

 徐々に陽差しが柔らかくなり、名ばかりではない春がもうすぐの頃。

 だが、今朝は珍しく冷えていた。

 

「…雪か」

 

 御簾の間から外を見遣った泰明はポツリと呟く。

 おそらく、この季節最後の雪が舞っている。

 梳き流した翡翠色の長い髪と薄い単のみをその細い身体に纏った姿で、泰明はするりと御簾の間を通り抜け、簀子へと出た。

 そのまま腰を下ろし、簀子の匂欄に寄り掛かるようにしながら舞い降りる雪を眺める。

 雪はひとひらひとひら思い思いに舞いながら、地面や膨らみ始めた芽を持つ木々の枝へと降りていく。

 その様に誘われるように、泰明は手を伸べる。

 単の袖から眩しいほど白い腕が表れた。

 その華奢な手に舞い降りた雪華は、瞬く間に儚く消えていく。

 

 この雪は積もることなく止むだろう。

 

 泰明は腕を伸べたまま、ただただ消えてゆく雪を眺め続ける。

 差し伸べた手指の先が赤く悴んで、次第に身体全体が冷えてきても、微動だにしない。

 

 この雪のように、己もいつか消えていく。

 彼もいつか、この世を去る。

 己が消えるのと彼が世を去るのとどちらが先かは分からない。

 しかし、それは必ず訪れる厳然とした未来……

 

すっかり冷え切った手を背後から捕らえた手があった。

 

 大きくて暖かい手。

 

 それと同時に、肩に朽葉色の袿を掛けられ、背後にいる人物の腕の中へと引き寄せられた。

「泰明殿。このような薄着で外に出てはいけません」

 涼しげでありながら、内面の誠実さが窺える声。

「頼久」

 振り向かぬまま、泰明はそっと相手の名を呼ぶ。

「この雪を見ていたかったのだ」

「ならば、もう少し暖かい格好をなさって下さい」

「寒くはない。今は」

 くすりと軽い笑みを零して、泰明は肩越しに頼久と視線を合わせる。

 そうしてまた、庭へ降る雪へと視線を戻した。

 中へ戻る気配を見せない泰明に、頼久は軽く溜息を付き、泰明が寒くないよう注意深く華奢な身体を広い胸の中へと包み込む。

 その暖かさに、急に寒さを思い出したかのように、泰明は僅かに震えた。

「火桶を用意して参りましょうか?」

 気遣うように問い掛ける彼に、泰明は首を振る。

「このままで良い。このままで充分暖かい」

 そう言って、背中から寄り掛かるように身を寄せてくる泰明に微笑み、頼久も降る雪へと目を向けた。

 

 いつか、己は消える。

 今、泣きたくなるほどの暖かさをくれる人も、いつかは……

 どんなに常に傍近くにあろうとも。

 終わりの間際まで互いに手を取り合うことが叶おうとも。

 己も彼も一人で死んでゆく。

 これは互いの命がその皮膚と僅かな空間で隔てられてある限り、変えられない事実。

 どんなに一緒にいたいと願っても。

 その命さえ重ね合わせたいと焦がれても……

 

 こんな愚かな願いを抱くのは、彼の想いを受け入れて、己が「ひと」となったからなのか。

 「ひと」にならなければ、こんな思いを抱かずに済んだのだろうか…

 

「…暖かいな。お前の傍はとても暖かい…」

 

 しかし、唇から零れるのはそんな言葉。

不思議なほど穏やかに澄んだ声が、雪と共に舞い降りる。

 泰明を抱く頼久の腕に僅かに力が込められた。

 

「ずっとお傍におります。いつ、いかなるときであっても」

 大事な人が寒さに震えることがないように。ずっと。

 彼はそっと握った泰明の華奢な手を引き寄せ、細い指の付け根に口付けた。

 誓うように。

 

 嘘偽りのない心からの言葉に、泰明は淡く微笑む。

 

 「ひと」は一人で死んでいく。

 ならば、最初から孤独(ひとり)であれば良い。

 しかし、今はそう断定することに躊躇いを憶える。

 

「ひと」は一人では生きていけない。

己もまたそんな「ひと」の一人となったのだろうか。

 

やがて訪れる容赦ない孤独から目を逸らしながら、互いに重なり合うことのない生を紡ぐ…そんな矛盾した存在に。

それでも己は「ひと」にならなければ良かったとは思わないのだ。

一度得たこの暖かい場所を手放すことが出来ないのだ。

 

「ひと」とはなんと哀しく、(かな)しい存在なのだろう。

 

目尻から溢れた切なさと愛しさを噛み締めるように、泰明は一瞬長い睫を伏せる。

 

 

雪はもうすぐ消えようとしていた。



冗談が冗談でなくなった(笑)よりやすです。
いや、取り敢えず、季節外れにならない内にアップできて良かった、良かった♪
今回はちょっと切なめで……
やっすんにちょっぴり大人っぽく(?)悩んで頂きました。
まあ、結局は両想い故の贅沢な悩みなんですが。
とある歌に「誰も1人で死んでゆくけど 1人で生きていけない」というフレーズがありまして。
この歌聴いたとき、ホントそうだよな〜、と葉柳はしみじみ思った訳です(この歌自体は前向きな歌です)。
あと、「愛(かな)しい」という言葉を使いたくて。
それから、今年は雪が降るのが多かったよなあとかもぼんやり考え……
そうして、こんな話と相成りました(脈絡なさ過ぎ)。
頼久、無口だから影薄くなっちゃって……(汗)
あ、蛇足ですが、手の甲でもなく、指先でもなく、指の付け根にキスって、葉柳的に結構ときめくシチュエーションなのです♪
ここまで読んで頂いた方に、感謝の言葉を捧げさせていただきます。

この作品もフリーです。
というか、我がサイトの遙かパロディに関しては全てフリーで良い(キリリク以外)と葉柳は考えてます。
こんな作品でも気に入って下さった方に、持ち帰って頂いてじっくり読んでもらえてこそ
のパロディ作品だと思いますので(あくまでも葉柳個人の考えです)。
じっくり読んで頂いた結果、作品のボロが次第に露になるという危険性もありますが(汗)。
大々的にお知らせする程大した代物でもないので、ここでひっそりお知らせしました(笑)。

今後も、葉柳の遙かパロディ作品を貰うぜ!と仰って下さる感謝感激雨あられ(…古!)な方、
いらっしゃいましたら掲示板まで一応、一言お知らせくださいな。喜びます。

戻る