Blue 〜ray

 

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 友雅が頼久と天真を連れて戻ってくると、早速彼らを交えて、舞踏会潜入の計画が練られた。

「潜入すること自体に関しては、気は抜けませんが、策はあります。実は、件の仮面舞踏会の招待状が私の元にも届いているのです。

いつもこのようなパーティーの出席は辞退させていただいているのですが…まだ、お断りする前で良かった」

 苦笑しつつ、鷹通は古めかしい紙製の招待状を友雅に差し出す。

「先ほど、この招待状を、私の遠縁に当たる貴族にお譲りしたい旨を主催者である花園侯爵にお伝えしたところ、

ご快諾を得ることができました。私は記者として会場に入れますので…」

「私は君の遠縁として、舞踏会に正式に参加する訳だね」

「ええ、そうです。あとは、御門の登場を待ち、話し合いの場を設けます。手筈を整えるのは私にお任せ下さい。

しかし、時間はあまり取れないと思います。長くても五分程度だと…」

「五分もあれば、充分だよ」

「お、随分と自信ありげじゃねえか」

 横槍を入れる天真に、友雅は余裕に満ちた笑みを向ける。

「自信の持てない賭けはしないよ」

「言ってくれるぜ」

 軽く言い合うふたりを眺めながら、鷹通は考えを巡らせる。

 ふと、斜め向かいに座る泰明と目が合った。

 くっきりとした目元が僅かに綻んだように見えた。

 それだけで勇気付けられたような気分になって、鷹通は口を開く。

「現在の御門は、大変聡明な方だと伺っています。御門もまた、軍が台頭する今の社会を多少なりとも憂えている筈」

 これは無謀ではあるが、見込みのある賭けなのだと。

 その言葉に皆、決意を秘めた瞳を見交わし、頷きあう。

 次いで、頼久が口を開いた。

「潜入の方が容易いとすれば、難しいのは脱出ということでしょうか」

 その問いに鷹通が頷く。

「話し合いが成功を収めれば、難なく会場を出ることができるでしょう。しかし、話し合いが失敗に終わった場合…

或いは軍の干渉があった場合は、脱出時に、恐らくあなた方の協力が必要となります。いかがでしょう、頼久殿、天真殿。

会場の内と外の二箇所に、警備の者として紛れ込むことはできますか?」

「できます」

「うまく入れ替わればいいんだろ?任しとけ」

 即答した頼久と天真は、手早く手順を決めていく。

「天真はこのような集まりに参加したことはあるか?」

「ああ、昔、一度か二度、親父に無理やり連れられてな。

ま、どれも貴族の真似事が好きな成金主催のパーティーだったんだが」

「ならば、こうした会場の様子はお前の方が多少なりとも把握しているだろう。中のほうを頼めるか」

「OK。だが、ひとりだとちょっとキツイな。ふたりほど応援が居ると助かるんだが」

「確かに。外にもふたりほど居た方が私も動きやすい。

鷹通殿、レジスタンスの他メンバーから四名この計画に加えても宜しいでしょうか?」

「ええ、そのくらいの増員でしたら何とか大丈夫でしょう」

 彼らの提案に頷きながら、鷹通は滑らかに進んでいく打ち合わせに不思議な気分を味わっていた。

まるで、長年志を共にした仲間のような…そんな安心感がある。

「頼もしい仲間たちだろう?」

 鷹通の思いを見透かしているかのように、友雅が言った。

 それに鷹通は微笑む。

「ええ、そうですね」

 

 そうして、打ち合わせは順調に進んでいったが、泰明ひとりだけが落ち着けなかった。

 皆が皆、大切な役割を振られているのに、己だけが何も求められていない。

 自由にしていいというのなら、友雅と共に行動したいが…

 ふと目が合った鷹通が、少しばかり申し訳なさそうな表情をした。

「…?」

 理由を訊こうと、泰明が口を開き掛けたとき、

「おや…?」

ふと、鷹通から手渡された舞踏会の招待状に目を通していた友雅が怪訝そうな声を上げた。

「この招待状には「出席者は婦人同伴で」と書いてあるよ?」

 そう問われることを承知していたのか、鷹通は慌てることなく頷いた。

「ええ、そうなのです。

そもそも私には同伴をお願いできる女性も居ませんので、初めからこの招待はお断りするつもりでいたのですが」

「それで、どうするつもりなんだい?レジスタンスには女性のメンバーはいないけれど…」

 言い掛けた友雅が、何かに気付いたように口を噤み、苦笑した。

「君の考えが、分かったような気がするよ…」

「やはり、お分かりになりましたか。少々悪趣味な策かと迷ったのですが…」

「いや、君にしては大胆な策だが、悪趣味では決してないと思うよ。…実に愉しみだ」

「お気に召していただけて光栄です。まずは御本人の承諾を得なければなりませんが……」

 言葉通り愉しげに目を細める友雅に鷹通は苦笑を返し、そっと視線を動かした。

 先程と同じ少し申し訳なさそうな表情で泰明を見る。

「ッ!まさか…」

「マジかよ…」

 一瞬遅れて鷹通の意図を察した頼久と天真が絶句する中、当の泰明はきょとんと大きな瞳を丸くして鷹通に問うた。

「どういうことだ?」

 

 

 舞踏会は明後日だ。

 とにかく時間が無いということで、一通り話が纏まった後、早速屋敷出入りの仕立屋が呼ばれ、

舞踏会に参加する者の衣裳の準備が始まった。

 そして、次の日の夕方、衣裳は驚くべき早さで調えられた。

 後は、衣裳合わせをして、寸法などの誤差の手直しをするだけである。

 舞踏会に参加する者の中で、衣裳合わせに最も時間が掛かってしまうのは泰明である。

 前日の衣裳決めと採寸とにもかなりの時間を取られた。

 初めて経験することだけに、精神的な疲れが出てしまったのか、

今日も泰明は心なしか重い足取りで、手伝いの侍女数人に手を引かれ、衣裳合わせの為の部屋に入っていった。

 残された男性陣は、衣裳部屋と繋がる広間でひとまず待機だ。

「ご婦人が纏う衣裳は、本来ならもっと時間を掛けて、布地やデザインを吟味するものなのでしょうが、仕方ありません。

しかし、急拵えのものにしては良い出来だと思います。

シンプルなデザインですが、泰明殿なら美しく着こなせるのではないでしょうか」

 先に依頼主として、衣裳の出来映えを確認した鷹通がそう請合う。

 それから、少し肩を竦めて苦笑した。

「母が亡くなってからは、ご婦人の衣裳合わせの手伝いなど、久しくしていなかったからでしょうか、

屋敷の侍女たちがすっかり張り切ってしまって……泰明殿に却ってご迷惑をお掛けするのではないかと少々心配です」

「頼もしい侍女ばかりで結構じゃないか。それに、泰明を前にして、色々と着飾らせてみたくなってしまうのは無理もない」

 そう侍女たちへのフォローを入れながら、友雅もまた苦笑する。

「…まあ、泰明自身はこの状況に少し困ってるみたいだけどね」

 しかし、自分のすべきことはきちんとわきまえている泰明だ。

この試練(?)も、無事乗り越えることができるだろう。

いずれにせよ、友雅にとっては、泰明の変身振りが愉しみであることに変わりない。

 頼久と天真は無言だが、何処となくそわそわしている様子である。

 

そんな男性陣の視線が向かう扉の向こうでは、仕立屋と周りを囲む侍女に手伝われて、泰明が衣裳に袖を通していた。

「お腰の辺りの布地が余っておりますね。もう少し詰めましょうか…いかがでしょう?きつくは御座いませんか?」

「問題ない」

 しかし、少々動きにくい、と泰明が言い添えようとしたところで、着付けを手伝う侍女が口を挟んだ。

「あら、お袖が少し短いのではないかしら?もう少し長くした方が宜しいんじゃありませんの?」

「…そうですね。ではそちらは袖周りのレースを足しましょうか?そうすると、より優雅な印象になると思いますよ」

 言い合いながら、一通り衣裳の手直しは済んだが、それで終わりではない。

「さあ、次は御髪の方を…」

「全て結い上げた方が宜しいかしら?それとも、少し残して?」

「そうね…鬢の辺りの髪を残して、後は高く結い上げましょう。

すんなりした首が美しい方ですもの、隠してしまうのは勿体無いわ。

ドレス自体は控えめな印象ですから、他の装飾品は大振りで一際華やかなものに致しましょう」

「いや、あまり大きな物は重くて困る…」

「ああ、あなた、その百合の髪飾りを取ってくださる?ドレスの刺繍と揃いでちょうど良いわ。

あら、大丈夫ですのよ、泰明様。この髪飾りは中心の宝石以外は布でできていて、見た目よりもずっと軽いんですの。

こうして付けて…そうだわ、この結い上げた髪に金粉を散らしてはどうかしら?」

「まあ、素敵。良い考えですわ」

「耳飾りは真珠が良いかしら?それとも翡翠?」

「首飾りはこのような小さな宝石を連ねた長めのものを三連ほど付けるのはいかが?

そうすれば、大きな石を付けなくても華やかな印象に仕上がるのではないかしら?」

 当の泰明が口を挟む隙が殆どないまま、しかし、どうにか本人が口にできた要望も取り入れつつ、

侍女らの間で話は纏められ、彼女らの手によって、泰明は着々と飾り立てられていく。

「お化粧はどうしましょうか?」

「あまり、手は加えない方が宜しいかもしれませんわね。

滑らかで綺麗なお肌をしていらっしゃるから、それを生かして、ごく薄く、唇に紅を差す程度にして…」

「目尻に少し紅を入れてみてはどうかしら?」

「そうね、きっとより艶やかになるわ」

「目元は仮面で隠れるのだから、そのような場所に化粧は必要ないと思うのだが…」

「まあ、何を仰いますの、泰明様!例え目に見えない場所でも、手を抜かないのが貴婦人の嗜みなのですわ」

「私は貴婦人ではないのだが…」

 ささやかな反論を試みた泰明だったが、こればかりは無視されてしまった。

 しかし、「貴婦人」を装って、舞踏会に参加するのは事実だ。

 偽物は偽物なりに、それらしく装わねばならないということだろう…恐らく。

 そう考え直した泰明は、口を噤み、まな板の鯉になる覚悟を決めた。

 

 泰明の着付けが終わるのを待つ間、明日の段取りの最終確認をしていた友雅らだったが、

それを終えても、一向に泰明が出てくる気配がない。

 泰明の着付けが終われば、次は鷹通と友雅の番である。

 男性の衣裳は決められた正装なので、女性ほど趣向を凝らさなくて済む分、あまり時間は掛からないだろうが…

「もしかして、私たちは忘れられてるのかな?」

 冗談めかして友雅がそう口にしたとき、やっと衣裳部屋の扉が開いた。

 まずは、中心になって着付けの手伝いをしていた侍女頭が出てくる。

「随分時間が掛かったのですね。何か問題でもありましたか?」

 そう訊ねた主の鷹通に、彼女は頭を下げる。

「お待たせいたしまして申し訳御座いません。けれど、ご心配なく。着付け自体は滞りなく済みましたわ。

ただ、たいへん着飾らせ甲斐のある方なので、わたくしどもがついつい夢中になってしまいましたの」

 そう言って、顔を上げた侍女頭は悪びれることなく微笑む。

「それで、どうだい?姫君の出来映えの方は」

「そちらは実際に御覧になって下さいませ」

 友雅の問い掛けに、何処か誇らしげに微笑んで応え、侍女頭は開かれた扉へ皆の視線を促す。

 そこから僅かな衣擦れの音が聞こえ…

 

 光が零れた。


to be continued
ここに至って、ついに予定通りの進行から外れ始めました(汗)。 当初は一回で終わらせるつもりだった舞踏会準備篇は二つに分かれ、今回はその1となります。 二話あとがきで「やる」と宣言していた「あれ」です(笑)。 三話で予告した、よりやす及びてんやすシーンは、次回舞踏会準備篇その2にて。 楽しみにお待ち頂いていた方がいらっしゃいましたら、申し訳ありません(汗)、もう少々お待ちくださいませ(平伏)。 侍女に囲まれて「まな板の鯉」…いやいや、私的には 「まな板のマ〜メイド♪」(すみません、イカレてます/苦笑)状態のやっすんが、今回一番書いてて楽しかったです♪ 「やっすんは偽物じゃないわ、もともと立派な姫よ♪」と嘯くアヤしい女がここにひとり(笑)。 そんな私が、目下一番必要とするのは、ファッションセンスです(沈)。 一応色々調べてみたのですが、いまいちこれ!というイメージに合うドレスが見付からず… でも、良く考えなくても、やっすんが着るならどんなドレスでも似合うんだ(断言)という結論に達しました。 …という訳で次回変身後やっすんが纏っているのは、葉柳ブランド(謎)です。 「センスが悪い」(苦)なんて言っては×です。 やっすんなら美しく着こなせている筈だという先入観を持って(笑)御覧下さい。OK?(誰) top back