Blue 〜eden

 

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「例の噂を聞いた街の奴らが、街のまとめ役んところに、どんどん集まり始めてる!」

「こっちは、街を回ってる間に、仲間になりたいって奴らを連れてきた。結構な数になるぜ」

「そう」

 窓辺に佇み、見るともなく外を眺めていた友雅は、イノリ、天真の報告に僅かに瞳を細めて頷いた。

続いて、扉が開き、鷹通が姿を現す。

「マスコミの取り込みは成功です!軍に追従する上層部を除いたジャーナリストたちの八割方の協力を取り付けました。

彼らと連携して、国中にレジスタンス決起を知らせ、協力を求めるプロパガンダの作成とその発信の手はずを至急整える予定です」

 鷹通にしては珍しく興奮した様子で語られる報告に、皆の表情もより引き締まったものとなる。

「追い風だね」

友雅は窓外へ向けていた視線を、ゆっくりと室内へと巡らす。

「この上は、風の勢いが殺がれぬうちに、打って出る。だが、くれぐれも浮き足立って、味方となるはずの風に足元を救われぬように」

 友雅の言葉に、その場にいる皆が頼もしく頷く。

「承知しております」

「そんな無様なまね、死んだってするもんか!!」

 そんな彼らに微笑み、

「では…」

友雅は改まった様子で、メンバーそれぞれに指示を下す。

「イノリ。君には街のまとめ役のところに集まっている人材の見極めを頼みたい。

それぞれの街の区画ごとに、リーダー格となる人物を選び出してくれ。彼らを中心に集まった人手を動かすよう体制を整える」

「そんな大事なことを俺に一任して良いのかよ?」

「君の眼力を信頼しているが故さ。白川氏を始めとしたまとめ役とも良く相談して、判断に迷うような時は頼りにすると良い。勿論我々もね」

「おう、分かった!任せとけって!!」

 イノリが嬉しそうに請合う。

「永泉様は、引き続き貴族メンバーの取りまとめをお願い致します。

特に、一般民のメンバーとの間の隔てを取り除くよう仕向けていってくださるとありがたい」

「分かりました。メンバーの出自に関わらず、みなが一丸となることが出来るよう、力を尽くしましょう」

 永泉が控えめに、しかし、しっかりと頷く。

「頼久には、既存のメンバーを中心に精鋭部隊の編成を任せる。

既にみなも承知していると思うが、我々レジスタンスは、志が確かな者ならば、老若男女問わず受け入れる。

だが、そうしたメンバーの中には戦いに不慣れな者も多いだろう。

決起の際には、彼らを余計な危険に晒すことのないよう、戦いに慣れた精鋭部隊に周囲を固めさせる」

「心得ました」

 頼久がきっぱりした応えを返す。

「天真には…他の幹部のサポートを臨機応変にやってもらいたい。それと、各階級のメンバー間の橋渡しとなる役割を担ってもらいたい」

「それは構わないが…」

 天真は頷きつつも、何処か釈然としない様子で友雅を見る。

 だが、素知らぬ振りで、友雅は鷹通に視線を移す。

「鷹通、先ほど言ったプロパガンダの作成と発信は、何時できる?」

「そうですね…三日後くらいには」

「もう少し早めることは出来るか?」

「やってみましょう。では…明日中には何とか」

「頼む」

他にも幾つかの細かい指示をした後、友雅は改めて皆を見回しながら、かねてから決めていたことを告げる。

「それと…今これより暫くの間、ここにいる幹部の皆に、レジスタンスの采配を預ける。私は…一足先に行くよ」

 その言葉に、皆がはっと息を呑む。

 全て言葉にせずとも、友雅が何をするつもりなのか、一瞬で理解した。

 何故なら、それは彼らも切に願っていることだったからだ。

「やっぱりか、お前…!!」

 天真が眉を顰めて呻くように言うのに、友雅は苦笑を返す。

「立場もわきまえずに、勝手なことをしようとしている自覚はあるよ。だが…どうにも我慢できなくなってね…」

「それはお前だけじゃない!!俺たちだって…!!」

 眉を跳ね上げた天真が、友雅に掴みかかろうとするよりも早く、動いた人物がいた。

 友雅の近くにいた鷹通だ。

 すいと友雅の前に出た彼は、不意に拳で友雅の胸を打つ。

「ッ…!」

 振り下ろされた拳の意外な重さに、友雅は思わずよろめき、背中が背後の窓枠に当たった。

「ずるいですよ、友雅殿」

 僅かに顔を俯けて、鷹通は静か過ぎる声音でそう言った。

 しかし、その拳は友雅の胸元に強く押し当てられたままだ。

 友雅は再び苦笑した。

「すまない…」

 この拳の重さは、ここにいる皆の想いの強さだ。

皆がその想いを噛み締め、耐えながら、何とかここまでレジスタンスの体制を整えてきたのは友雅も充分承知している。

だが、決意は揺るがなかった。

既に限界なのだ。

このままでは、采配を振り続けることなど出来ない。

泰明を取り戻さない限り、前へは進めない。

やがて、鷹通が手を下ろす。

顔を上げた鷹通は、強い眼差しで友雅を見据えた。

「…我々もすぐに追い付きます」

 レジスタンスを率いて、正面から。

 鷹通の言葉に、皆が次々に頷く。

「そーだな!友雅一人でなんてカッコよすぎるだろ!!あんたばっかりに良い目見させて堪るかってんだ!!」

「レジスタンスについては我々にお任せを」

「どうかお気を付けて、友雅殿」

「俺たちが追い付くまで、やられるんじゃねえぞ」

 それぞれに言葉を掛ける仲間たちに、友雅は微笑み、噛み締めるように言葉を紡ぐ。

「…有難う。必ず泰明を取り戻すよ」

 

 すぐに支度を整えた友雅は、他の仲間たちの目に付かぬよう、密かに外に出た。

 ビル裏手の路地に面した二階の窓から、身軽に飛び降りる。

 すると、後を追うように、別の窓から飛び降りてくる人物がいた。

「天真」

「よぉ」

「どうしたのだい?」

「俺も行くわ」

「何故?」

 碧い瞳を瞠る友雅に、天真は無造作に応える。

「一人ぐらい付いていったって、大して変わりないだろ?レジスタンスのほうも残った奴らで充分纏められる。

それよりも、今のお前、一人で放っておくと、暴走しそうだし」

「まさか。君ではあるまいし、私にそこまでの元気は無いよ」

「そうか?ちなみに、他の奴らも同意見だぜ」

「……」

 そこまで言われてしまうと、否定しきれないものを感じて、友雅はただ苦笑する。

「何としても、泰明を助け出したいのは俺たちも同じだからな。

けど、お前が色々と役目を押し付けていったおかげで、ある程度自由に動けるのは俺ぐらいだ」

「それは申し訳なかったね」

「お前がわざとそうやって役目を割り振ったんだろうが。心にも無い謝罪はいらねえよ。

とにかく、お前がどう言おうと、俺は勝手に付いて行かせて貰う。お前だけが限界なわけじゃない」

 きっぱりと言い放ち、天真は友雅を差し置いて、すたすたと歩き出す。

「やれやれ」

 友雅もまた、肩を竦めて、歩き出した。

 

 

「泰明」

 

それは今ここでは耳に出来ない声のはずだった。

穏やかに落ち着いて、僅かに甘い声。

「ッ…!友雅?!」

 一瞬息を呑んで振り返った泰明は、すぐに己の間違いに気付く。

 同時に、新たな驚きに、澄んだ色違いの瞳を瞠った。

 故に、泰明は、気付かなかった。

 思わず友雅の名を呼んだ瞬間、傍らに佇むアクラムの唇に刻まれた笑みが、不意に消えたのを。

 そのとき、泰明の目は現れた人物に釘付けになっていた。

「父…上……」

「泰明」

 呆然と呟くように呼ぶ声に、白衣を纏った背の高い青年は、穏やかに微笑む。

 知的で端整な顔立ち。

 しかし、泰明の名を呼ぶ声音は、友雅と良く似ている。

 いや違う。

 友雅の声が父と似ているのだ。

 己にとってはそうだったはず。

 父…己を生み出した安倍博士。

 だが、違う。

 父ではない。

 何故なら、父は…泰明の目の前で殺されたのだから。

 それでも、懐かしい笑顔に、否応なく心が乱される。

「泰明」

 名を呼ばれるまま、引き寄せられるように、足を踏み出す。

 そこで、やっと違和感に気付いた。

 穏やかに微笑んで名を呼ぶ父の姿。

 立ち止まって、泰明は問いを口にする。

「父上。何故、父上がここに?」

 博士は穏やかな笑みを浮かべたまま、泰明を見詰める。

「泰明」

 その柔らかくたわめられた唇は、問いに応えることはなく、

その黒い瞳は虚ろなまま、鏡のように、ただ、固く強張った泰明の表情を映していた。

 それで充分だった。

「どういうつもりだ?!」

 長い髪が乱れるほどの勢いで振り返った泰明は、背後に佇むアクラムを睨み据える。

 澄んではいるが、鋭い眼差しを、しかし、アクラムは凍りつくほどの冷たい眼差しで見返した。

「…?」

 先ほどとは様子が違う。

 怪訝そうに僅かに細い眉を顰める泰明を他所に、アクラムは淡々と泰明の問いに応える。

「どういうつもり、とは心外だ。懐かしい生みの親に逢うことが叶えば、お前も喜ぶだろうと思ったのだがな」

「ッ!これは父ではない!見掛けだけの偽りではないか!!そのような者と引き合わされたとて、嬉しいはずも無い!!」

「偽り…か。確かにそうだな。試しに出してはみたが、これはあまりにも出来が悪い。

やはり、他者の記憶により作成したデータでは、容姿と声を再現するまでが限界だな」

 珍しく声を荒げる泰明とは対照的に、冷え冷えとした声でそう語ったアクラムは、博士の姿をしたものを一瞥して無造作に命じる。

「去れ」

 命じられたそれは、穏やかな笑顔を浮かべたまま身を翻し、空の青に溶け込むように消えていった。

 その不自然な動きを見て、泰明はそれがロボットであることを確信した。

「偽り…偽りか。お前からその言葉を聞くとは思ってもみなかったぞ」

 ふと、耳に入った呟きに、泰明が厳しい眼差しを戻すと、アクラムの冷たい美貌が目の前にあった。

 今、その顔には、嘲笑の欠片すらない。

「良くも言ったものだ。あれを偽りというのならば、お前もだろう?模造天使アズラエル。人の手により創られた偽りの生命体」

「!!」

 思わず息を呑む泰明の細い二の腕をアクラムは無造作に掴んだ。

「…ッ離せ!痛い!!」

 その力のあまりの強さに、泰明は僅かに悲鳴混じりの声を上げる。

だが、先ほどのようには、アクラムは泰明を解放しなかった。

凍るような表情のまま、泰明の華奢な身体を半ば引き摺るようにして、件の部屋から出て、元いた部屋へと連れ戻す。

天鵞絨(ビロード)のカバーに覆われたベッドの上へと投げ出されて、泰明はようやく解放される。

すかさず、起き上がって身構える泰明に、アクラムは冷淡に言い放つ。

「…しかし、恩ある生みの親よりも先に、後から出逢った男の名を口にするとはな。成程、如何にも壊れた人形らしい所業だ」

「私は…!」

 人形ではないと、否定しようとしたところで、不意に訪れた心もとなさに、泰明は口を噤む。

 ここに至ってやっと、アクラムが腹を立てているらしいことに気付いた泰明だったが、その原因が分からない。

 今までの経過とアクラムの言葉から推測するならば、己が友雅の名を呼んだせいだろうか。

 しかし、それが何故、アクラムを不快にさせるのか、見当が全く付かなかった。

「橘友雅…か。軍属経験のある男だな。しかも、かの暗殺部隊『エデン』の。お前とは同じ穴の狢ということだな。

そして、今は軍打倒を目指すレジスタンスのリーダーか…」

「!」

 この男は何処まで知っているのか。

 驚愕を表に出さぬようどうにか堪える泰明を見て、アクラムが唇を僅かに歪める。

 しかし、瞳は笑っていない。

「…どうだ、その男を捕らえ、引き据えてお前の目の前で引き裂いてやろうか?」

「させぬ!!」

 脅しつけるような声音を撥ね付け、泰明は果敢にアクラムと対峙した。

 そんな泰明に向けるアクラムの眼差しが一層冷えていく。

「「させぬ」だと?籠の鳥がよくも言ったものだ。己の立場を良く分かっていないようだな」

 泰明を見据える青い瞳に、冷たい炎が揺らめき立つ。

「そうだな…あの男を引き裂く前に、まずは、お前を引き裂くか。今、お前の全ては私の手の内に在ることを、身を以って思い知るが良い」

 言うなり、泰明のシャツの襟をぐ、と掴む。

「何をする?!」

「先ほど言ったとおりにするまでのこと」

 掴んだ襟ごと引き寄せようとする腕を、振り払おうと、泰明は咄嗟に手を上げる。

が、その手首をもう片方の手で逆に掴まれ、捻りあげられる。

「…つッ!」

 拘束する腕から逃れようともがく間に、泰明の華奢な身体が、ベッドの上に押し倒される。

 だが、幾ら細いといっても泰明は非力ではない。

 空いている手と足を使って、尚抵抗を試みようとする。

翡翠と黄玉の瞳が、無体を強いる相手に対する怒りと不屈の意志とで煌いた。

それを見下ろすアクラムがふと、微笑んだ。

「美しいな」

「!」

「だが、聊か威勢がよすぎる」

その微笑に、泰明の目が奪われた隙を突いて、アクラムの手が泰明の首筋に掛けられる。

 直後、首飾りから発した痺れが泰明の全身を走り抜けた。

(電流…!)

己の意思に反して、四肢から力が抜ける。

「念のため施していた仕掛けだがな…早速使うとは私も思っていなかった」

「…は…ッ!」

 一体どのくらいの電流を流されたのか、痺れは痛みを伴って泰明の身体中を苛む。

 言葉すら、まともに紡ぐことが出来ない。

 しかし、全くの無抵抗となっても、泰明の首筋を捉えたアクラムの手は外されることはなかった。

「細い首だな。このまま片手でへし折ることも出来るか」

 その手に徐々に力を篭められ、首筋を圧迫されて、泰明は苦痛と息苦しさに喘ぐ。

 みるみるうちに視界も霞んでいくが、泰明は懸命に目を見開き、覆いかぶさる男の氷のような目を見据えた。

 例え、この身がどのように苛まれようとも、心だけは決して折れはしない。

 そんな決意を感じ取ったのだろうか、僅かにアクラムの冷たい瞳が揺らいだように見えた。

 何処か苦しげに。

 だが、それは泰明自身の視界が揺らいでいるせいかもしれなかった。

 ふと、息苦しさが和らぐ。

 首に掛けられた手が外されたのだと理解するが、相変わらず身体の痺れは去らず、身動きは叶わない。

 意識も次第に朦朧としていく。

 アクラムの手が再びシャツの襟に伸びるのを止めることができない。

無造作に掴まれた襟元が、引き裂くように開かれる。

ぼやけた視界の端に、はじけ飛ぶ釦の影が過ぎった。

 ここまで意識だけは失うまいと堪えていた泰明だったが、それも限界を迎えようとしていた。

 急速に視界が狭まっていく。

 閉ざされる直前の視界を金色の影が覆う。

 抑えることの出来ない恐れと動揺が、更に意識を混乱させ、遠ざける。

(こんな…ところで…!…)

 己の不甲斐なさに歯噛みしつつも、遠ざかる意識を留めることができない。

 泰明の紅い唇が僅かに震える。

 が、次の瞬間には、ささやかな抵抗すら封じるように、その唇も塞がれた。

 そうして。

 

(友…雅……)

 心に思い描く幻に声なく呼び掛けたのを最後に、泰明は意識を手放した。

 


to be continued
つつ、ついに姫のピンチですッ!! まあまあ大変!うふふふふ♪なんて、ほくそ笑みがら書いたなんてことはありません。 …嘘です、大変愉しんで書きました(自白/笑)。 我慢の限界に達した友雅氏も動き出しはしましたが…どう考えても間に合わないでしょ、これは(汗)。 ゆーちょーに、恋敵と友情を温めあってるバアイじゃないぞ、友雅!!(笑) どうやら、友雅氏よりもアクラムのほうが限界だった模様。 やっすんにとって大切な存在が、博士<友雅氏となりつつあるという思わぬ計算違いに動揺し、 嫉妬心を煽り立てられたあげく、キレちゃったようですな。 姫のことは自分が一番良く把握していると密かに自負していただけに(?)。 しかし、そんなアクラムの複雑な男心(笑)を、やっぱり全く理解できない肝心の姫。 乱暴に扱われた挙句に、気を失ってしまいましたが…どうなってしまうのでしょうか?(思わせ振りな/笑) …取り敢えず、何があったとしても、次回は朝チュン状態になってしまうだろうことを、ここでお詫びしておきます(苦笑)。 back top