Blue 〜angel

 

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「突然呼び出して、すまなかったな、源軍曹」

 この国を実質的に支配する軍の頂点に立つ将軍は、意外なほど若く美しい青年である。

 怜悧に整った顔立ちと、首の後ろで緩く結ばれて軍服の肩に振り掛かる金髪。

 その容姿はとても軍属の者には見えない。

 しかし、顔の前で整った指を組み合わせ、頼久を見上げる青い瞳は、

容赦ない冷徹さと猛々しさを内包し、僅かに冷酷ささえも滲ませていた。

「だが、君には会ってみたかった。あの研究所爆破事件の唯一の生き残りである君に」

 執務室の机に肘を預けている、自分とさほど歳の変わらぬ青年将軍に、頼久は敬礼してから、僅かに腰を折る。

 内心の緊張を悟られぬよう、無表情に、将軍の次の言葉を待つが、彼は沈黙したままだ。

 訝しく思い、伏せていた目を上げると、こちらを見据えている将軍と目が合った。

 その青い瞳が、僅かに細められる。

 そこに滲んでいるのは、愉悦だろうか。

「君は「模造天使」を知っているか?」

 唐突に投げ掛けられた問いに、頼久は表情を取り繕う。

「いいえ。聞いた事も御座いませんが」

「そうか」

 頼久の応えにあっさり頷き、将軍は指を組み替える。

「しかし、我が軍の特殊部隊のひとつ、「エデン」の名は流石に君も知っているだろう?」

「……」

 もちろん、知っている。

 しかし、潜入型の暗殺部隊である「エデン」は、公式にはあってはならない秘密部隊だ。

 頼久もその存在を知ってはいても、部隊の具体的な任務や構成員等は知らない。

 言わば公然の秘密である「エデン」の名を、自分に向かって将軍が敢えて口にした意図が知れなかった。

 頼久の沈黙には構わず、将軍は言葉を継ぐ。

「敵地に深く潜入する構成員、「エンジェル」には常に多大な危険が付き纏う。

それは生身の人間ならば尚更だ。それなら、こう考えてはどうか?「エンジェル」が生身の人間ではなかったら?」

 顔色が変わりそうになるのを、頼久は必死に堪えなければならなかった。

 その先に、将軍が言おうとすることが分かったのだ。

「そこで、生身の人間の代わりに、「エデン」の構成員となる為に、

あらゆる能力を強化されたアンドロイドを創ることが計画された。そのアンドロイドの名が「模造天使」なのだよ。

あの研究所ではこの「模造天使」に関する研究が、最近までなされていた」

 「最近まで」という言葉に僅かに含みを込めて将軍は言う。

 何故、「最近まで」なのか。

 それは、計画された暗殺用アンドロイド「模造天使」が完成したからだ。

 

 それが泰明。

 

 室長は「アズラエル」と呼んでいた。

「私は一介の下士官です。何故、そのような軍の重要機密に関わることをお話くださるのですか」

 思い切って問うてみると、将軍は僅かに肩を震わせて笑った。

「この「模造天使」計画は失敗したのだよ。だから、君に話しても良いかと思った。

それに、体面上降格処分にはしたが、私は君を一介の下士官に留めておくには惜しい器だと思っている。

何しろ、あの凄まじい爆発の中、唯一生還したのだからな」

「…恐れ入ります」

 真意の知れない言葉に警戒を強めながら、頼久は畏まる。

 すると、頼久をここへ連れてきた後は、将軍の背後に影のように控えていた参謀中将が、将軍に近付き身を屈めた。

「アクラム閣下。そろそろ軍議のお時間です」

「分かった」

 鷹揚に頷き、アクラムは席を立った。

「短い間だったが、君と話せて良かった。源軍曹…」

 ゆっくりと頼久に歩み寄った彼は、頼久の肩に形の良い手を置いた。

「これから君がどんな活躍をするのか…期待している」

「は」

 頼久は背筋を伸ばし、もう一度敬礼してから身を翻したが、

「源軍曹」

呼び掛けに退室しようとした脚を止める。

「君は「アズラエル」という名の天使を知っているか?」

 ふと、思い付いたように発せられた言葉。

が、その笑みを含んだ言葉に、頼久は悟らざるを得なかった。

 

 将軍は全てを知っているのだ。

 研究所が何故爆破されたのか。

 頼久がそこで誰と出会い、何を知ったのか。

 

「…いいえ」

 無礼とは承知しながら、振り向くことができず、それでもどうにか応えると、アクラムは低く笑った。

「「アズラエル(Azrael)」とは死天使のことだ。様々な人間のあらゆる所業を見届け、裁きを下す天使…

我が「エデン」にはぴったりの「エンジェル」だとは思わないか?」

「…私には分かりかねます」

「そうか、それは残念だ」

 苦し紛れの応えに、一層愉しげにアクラムは笑う。

 それが治まらぬうちに、頼久はもう一度辞去の言葉を述べ、将軍の執務室を後にしていた。

 

 急がなければならなかった。

 

 

 短い雨が上がった。

 

 年に数回降る雨に彩られた街は、雨が降り出す前と変わらぬ静寂に包まれている。

 街が動き出すのは、淡い陽光に濡れた道路が乾いて、雨の名残が完全に消え去ってしまってからだ。

 そのときまで、降り注ぐ水滴に含まれる有害物質を恐れて、街の者の多くは外出を控える。

 

 その静寂の街を、歩む青年がひとりいた。

 すらりと華奢な身体に纏った薄物のコートの裾と、

無造作に首の後ろで纏めているが、腰を過ぎる程長く、艶やかな髪が、歩みに合わせて翻る。

 颯爽としていながら、滑るように静かに歩む彼は、道の曲がり角で一旦立ち止まった。

 左右色の違う稀有な瞳をさり気なく周囲に巡らして誰もいないことを確認してから、角を曲がる。

 青年が目指しているのは、無人のオートストア(自動売店)だ。

 そこで、買出しをするつもりだった。

 ひとの代わりに、コンピューターが店員を務めるオートストアならば、雨上がりでも開いている。

あまり人目に付かなくて済むという点でも、追われている身の青年としては、都合が良かった。

まず必要なのは、今日の食事だ。

そして、傷薬と包帯。

彼の連れが怪我をしたのである。

 

そのときのことを思い出し、青年、泰明は思わず、小さな溜め息を零した。

街に入る手前で、追っ手に見付かり、銃撃戦となった。

その際、泰明を庇って、連れは傷を負ったのである。

本人は掠り傷だと言って笑ったし、実際その通りでもあったが、泰明は看過できなかった。

何より、彼が泰明を庇う必要はない筈だった。

ふたりはこうした銃撃戦を、今までも幾度か経験し、切り抜けてきている。

お互い多少の掠り傷を負うことはあっても、致命傷を得たことはなかった。

今までふたり、共に銃を持ち、共に闘ってきたのだ。

しかし、最近になって、その様相が変わってきた。

彼は、泰明が掠り傷ひとつ負わないように、動くようになった。

それに加えて、泰明がなるべく銃を使うことのないよう、

本来泰明が相手をするべき敵さえも、自分ひとりで引き受けようとする。

そうなれば、無理が出てくるのは当然だ。

そして、今回の怪我となった。

 

彼がそのような行動を取るようになった理由も泰明には分かっている。

泰明を守る為だ。

切っ掛けは軍の研究所に潜入したとき。

あのとき、兄の仇と室長に責め立てられ、初めてひとの命を奪う行為とその重さに気付かされた。

他ならぬあの研究所で、ひとを殺す為の道具として創られた己の、血で汚れた手に嫌悪を憶えることは幾度もあったが、

自分がこの手に掛けた人や、それに関わる人々のことには、それまで気付けずにいたのだ。

 その事実に己は、怯えたのだと思う。

 そして、そんな己の気持ちを、彼に気付かれてしまった。

 だから、彼は泰明の心身が傷付くことから遠ざけようとしてくれるのだ。

 彼…友雅が己を気遣ってくれる気持ちは嬉しい。

 だが、己の為に彼が傷付くのを見るのは辛い。

 

 それに、己は決めたのだ。

 闘うことを。

 例え、己の身が傷付こうとも。

 それは、己の望みの為に決めたことだから、人任せには出来ない。

 その重みを背負うのは、他の誰でもなく、己でなければいけないのだ。

 この決意は誰にも翻せない。

 友雅の想いに背くのは、胸が痛むが…これだけは譲れない。

 無論、彼が悪いのではない。

 あのとき、動揺を悟られてしまった己が悪いのだ。

 

 そんな己の決意を示したいこともあって、泰明は、一緒に行くと言い張った友雅を宿に留めて、ひとりで外に出たのだった。

 

 今の宿にもあまり長く留まる訳にはいかないだろう。

 オートストアで買い物を済ませ、宿へと戻る道すがら、新しい宿がないかも見て回ることにする。

 

 そうして、通りの右手にある建物と建物の間の小路の入口に差し掛かったときだ。

小路の向こう側の通りを慌しく過ぎる複数の固い靴音を聞いた。

ちらりと小路の出口を過ぎったのは、黒い軍服。

 

追っ手か。

 

泰明は、はっと息を潜め、素早く身を翻した。


to be continued
…あ〜、何だか予定よりズレ込んでますね〜、確実に(笑)。 しかしながら、やっすん登場までこぎつけたのには、万歳三唱。←? ちなみに、アクラムは、ゲーム<アニメ<漫画の順で、 頭が良さそうな気がする私(はるはちゲームは未確認)。 つまりは、大元である筈のゲームのアクラムが一番馬鹿…?(汗) …という訳で(?)、黒幕キャラ登場です。 彼もまた、例に漏れず、書き易いよう、葉柳流にカスタマイズされております(笑)。 で、待望の(笑)やっすんは、只今、気持ちの上で、友雅氏とちょっとした擦れ違いがある模様。 まあ、互いを想い合う故の擦れ違いということで! 次回は、やっと天真とやっすんが出会えるハズ! しかし、友雅氏の登場は次々回にずれ込む可能性あり(苦笑)。 top back