月無夜

 

 月が雲に覆われた闇夜。

 その所為か、御簾の向こう側に置かれた灯台の、ぼんやりとした灯りでも充分に明るく感じられる。

「…やだ、見るな…ッ!」

 閨の褥の上で、泰明が羞恥を孕んだ声音を発する。

 既に単の襟は大きく開かれ、裾は乱れて、滑らかな胸元としなやかな脚が露となっている。

朧な灯りと薄闇に映える白い肌。

「見てはおりませんよ?」

細い指が無意識のうちに襟を掻き合わせようとするのを、やんわりと阻んで、鷹通は宥めるように、泰明の頬を撫でる。

滑らかな頬は、ほんのりと熱を持っている。

「私が目が悪いのは、ご存知でしょう?それに、私が物を見る為に必要な眼鏡は、貴方が恥ずかしいと言って、先程外してしまわれた」

「……だがッ…」

「まして、このように暗い部屋の中です。

貴方がどのような姿をなさっておられるか、私には残念ながら、見ようとしても見ることが出来ません。ですから、どうか安心して…」

 言いながら、そっと華奢な身に覆い被さって、形良い耳の下に口付ける。

 そうして、手を滑らせて、愛しい素肌をゆっくりと辿っていくと、敏感な身体が艶かしく震えた。

「嘘だ…!ん…ッ」

 的確に悦楽へと導かれる場所を探ってくる手に、泰明は再び身体を震わせ、抗議の言葉を途切れさせる。

伸ばした手に触れた鷹通の髪を、どうにか掴み、引っ張る。

少し悔しげに、同時に縋るように。

未だ初々しさを滲ませる恋人の様子に、鷹通は思わず微笑んだ。

 今の泰明の姿は自分には見えていないと言ったことを、泰明が嘘だと断じるのも、あながち間違いではないかもしれない。

 

 何故なら、どんなに暗くても、この目が見えていなくとも、自分には彼の姿が見えている。

 こうして、触れ合うことが出来れば、彼がどんなに艶やかで美しいのか、自分には分かるのだ。

 

 薄闇に彷徨うように伸ばされた泰明の白い手を取って引き寄せる。

 すると、しがみ付くように、細い腕が鷹通の首筋に回される。

 花のような香りを放つ肌が、更に芳しく匂い立った。

 

 

 ふと、目を覚ますと、御簾越しの灯りが蒼く冴えた色合いに変わっていた。

 油の尽きた灯台の代わりに、雲間から現れた月が、その淡い光で横たわるふたりを包んでいる。

 腕の中で、泰明が小さく身じろぐ。

「気が付かれましたか。お身体の方は大丈夫ですか?」

「ん…問題ない」

 応えながら、僅かに首を傾けたのか、さらりと髪が流れる心地良い音がした。

「何時の間にか、月が顔を出したようですよ。御覧になりますか?」

「見る」

 再び、さらりと聞こえた髪の音に、鷹通は微笑んで、細い身体を抱えたまま、ゆっくりと起き上がる。

「…ッ!」

 乱れた衣を整え、差し出された鷹通の手を借りて、立ち上がろうとした泰明が、小さく息を呑む。

「っ大丈夫ですか?」

 先程まで無理をさせていたことを、今更ながら思い出して、鷹通はそっと華奢な肩を支える。

 流石に、このままでは動けないので、手探りで見付けた眼鏡を掛ける。

 これで、やっと視界が利くようになった。

「鷹通?ッ?!」

「失礼致します」

 そのまま、泰明のほっそりとした身体を抱き上げて、閨から出る。

 御簾が巻き上げられた庇の間の簀子近くに、そっと下すと、泰明は注ぐ光に導かれるように、澄んだ月を見上げた。

 美しい月と、月より尚、美しい泰明。

 月を見上げる横顔は、澄んだ瞳も、艶やかな髪も、滑らかな肌も、白い光の粉をまぶしたように、仄かに輝いて見えた。

 その麗姿を見詰めている鷹通の口元が自然に綻ぶ。

「何だ?」

 笑みの気配に気付いた泰明が、振り向いて訊ねてくる。

「…いえ。やはり、貴方の姿が見える方が良いと思いまして」

 言いながらそっと手を伸ばし、首元に掛る絹糸の髪を指先で軽く梳く。

 露になった首筋に残る紅い花弁が、白い肌を綺麗に飾る彩りとなっている。

「!見るな!!」

 視線の先に気付いた泰明が頬を染め、慌てた様子で己の首筋を片手で隠した。

 その初々しい可憐さに、鷹通はますます、眼鏡の奥の茶色の瞳を細め、頷いた。

「貴方がそう仰るなら、見ませんよ」

「……」

 眼差しで愛おしむように、見詰めていると、泰明の頬を染める朱が更に濃くなった。

 鷹通の視線が恥ずかしいのか、色違いの瞳で睨むように見返してくる。

 その様も目に快い。

「見るなと言うに…」

 相変わらず、鷹通が見惚れていると、泰明が堪りかねたように、身を起こし、再び鷹通の眼鏡を取り上げる。

 不意にぼやけた視界に拡がる翡翠色の影と心地良い重み。

 耳元でさらりと音が鳴った。

「泰明殿?」

問いの先を封じるように、柔らかな唇が鷹通の唇を塞いだ。

 


一見不吉そうな(?)タイトルに反して、甘々でらぶらぶなたかやすでした。
もしかして、ともやす以外でこんなにらぶ度高いの書いたの初めてじゃねえ?(ひつぐは置いておいて/笑)
コミック版の設定では、鷹通は眼鏡無しだと、あまり良く物が見えないようなんですよね。
え?だったら、やっすんと夜を過ごすときはどうすんのよ?(注:当サイトの七葉+αは、やっすん以外とは結ばれず、
また、結ばれない場合は、必然的に独り身となるのです/笑)という、
下世話な興味から来る妄想がネタとなっております(笑)。
昔テレビで一聞きボレして、
わざわざそれが収録されたCDアルバムまで買ってしまった「心の扉」(シン○ライクトーキング)という歌があるのですが、
その詞に「いつも触れ合えば月が無い夜も僕に君は見えてる」というのがあって、
まさに夜のたかやすはこんな感じだろう!と、勝手に解釈。
序でに、タイトルもそこから付けました(笑)。
ということで、やっすんのビジュアル以外の魅力も、特化して書いてみましたよ!!
反応が可愛い、とか、触り心地が良い、とか、良い匂いがする、とかね♪
恥ずかしがらないやっすんは、清々しい艶かしさがあって好きですが、
恥らうやっすんも、可憐な艶かしさがあって好きです!!(…つーか、やっすんなら何でも…/笑)
また、今回のらぶシーンは、家中を一周する代わりに、部屋を真っ暗にして書きました!!まだ、ぬるいですけど(笑)。

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