空戯
薄闇に白い身体が浮かび上がる。
それはこちらの手の動きに容易に翻弄され、乱れた。
身をくねらせるたび、褥に散る艶やかな髪もうねり、僅かな灯りに煌めく。
艶めかしい吐息に、堪えきれぬ嬌声が混じる。
縋るように伸ばされる白い指。
潤んで煌めく瞳。
しかし、その瞳に媚びる色を認めた瞬間、急速に己の身体を支配する熱が冷めた。
違う。
声なき声で呟き、すり寄る細い身体を突き放す。
上がる小さな悲鳴。
そのまま立ち上がると、引き留めようと白い手が伸びてくる。
羽織った単衣の裾を捉えられ、突き上げるような不快感に襲われた。
つい先程まで、触れていた身体だというのに。
己の身勝手さを内心嗤いながら、だが、一度湧き上がってしまった嫌悪感と苛立ちは拭えない。
縋る手を振り払い、絡みついてくる腕を長い髪を掴んで引き剥がす。
不快な悲鳴が再び上がる。
最早それを聞くのも耐え難く、遮る為に無造作に腕を振るった。
また、一つ不快な悲鳴を上げた後、白い身体は動かなくなった。
壁代には飛び散った紅で新たな模様が描かれている。
そこでやっと我に返った。
「…ああ、また、壊してしまったか……」
また、作らねばならないか。
イクティダールの僅かに顰めた顔が目に浮かぶようだ。
思わず小さく苦笑する。
そうしながら、哀れな骸を見下ろした。
人の形をしてはいても、人ではない。
そう、あれと同じ。
あれと似せて作った。
髪も指も眼も…何一つ違えることなく作った。
そうして、瓜二つに作った人形を戯れに愛玩し、貶める行為を繰り返すのは何故なのか。
その理由は己でも定かではない。
しかし、あれと同じに作った筈の人形は皆、何処かが違った。
その違いに気付く度、湧き上がる苛立ちを抑えられず、結局こうして壊してしまう。
もう一度、今度は自身を嗤い、部屋を出る。
月光が流れる金の髪と白い肌を照らす。
「目障りな月明かりだ」
白い月を青い瞳で見上げ、アクラムは一人呟いた。
「来たか、人形」
怨霊を放った場所に、あれが現れたことを知り、アクラムは仮面の陰でひっそりと笑う。
出向いてみると、戦いは既に終わっていた。
邪気の祓われた場所にすっきりと佇む細い人影。
その姿は華奢ではあっても、凛として、脆弱さは微塵も感じられなかった。
さほど弱い怨霊を放ったつもりはなかったが…
僅かな感嘆が胸を過るのを敢えて見過ごし、こちらの気配に気付いたのだろう、鋭く振り向いた相手に笑んでみせる。
動きの鋭さとは裏腹に、優雅に揺れる翡翠色の髪の動きに知らず見惚れた。
「鬼か」
怜悧な声。
札を片手に油断なく身構える姿。
こちらの視線を跳ね返し、真っ直ぐに見据えてくる翡翠と黄玉の色違いの瞳。
媚びることを知らない、力強い、それでいて何処までも澄み切った瞳、その姿。
……魂?
果たして人形に魂があるものなのか、それもまた定かではない。
だが…
そう、これなのだ。
己が組み敷き、引き裂くのは、この無垢な瞳、無垢な身体でなければならない。
他のどれでもない、この人形でなければ、己の飢えは満たされない。
幾ら真似ようとも、紛い物では意味がないのだ。
不意に悟り、アクラムは満足げな笑みを浮かべる。
確信を得たからには、最早、空しい遊戯に時を費やすことはないだろう。
怪訝そうに柳眉を微かに顰める相手に向かって、アクラムはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「良く来た、安倍の陰陽師よ。次はこの私自らが遊んでやろう……愉しませて貰うぞ…」
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