紅艶

 

細かな雨がガラスを叩く。

今宵の夜景は薄い帳に覆われ、彩る灯りも滲んで見える。

しかし、それもまた風情があって美しい。

小さく感嘆の息を吐き、傍らを見遣る。

そこには己と同じように窓外を見詰める美しいひとがいる。

薄暗い部屋の中、柔らかく滲む色とりどりの灯りを従えたその姿は、常より一層麗しい。

何処か近寄り難いと思うほどに。

 

視線に応えるように、そのひとが振り向く。

澄んだ大きな瞳が、窓外の灯りを映して揺らめいている。

幻惑されるような美しさに思わず息を呑む。

ただただ囚われて見惚れる。

と、そのひとが怪訝そうに首を傾げた。

「永泉?」

低いが不思議に澄んだ声音での呼び掛けと無垢な瞬きひとつ。

そこで、やっと呪縛が解け、我に返る。

「すみません、泰明殿」

「どうした、身体具合が悪いのか?」

一見人形のように見える無表情に、僅かな気遣いを滲ませて問うてくる泰明に、穏やかに首を振る。

「いいえ。あまりに美しくて、見惚れていたのです」

「ああ、そうだな。地上に星が光っているようだ」

「いえ、そうではなく」

生真面目に頷く泰明に、思わず小さく笑みを零し、再び首を振る。

「違うのか?」

「勿論、この夜景も素晴らしいと思いますが…」

僅かに目を見開き、首を傾げる泰明を見詰める。

「星々のような灯りに彩られた貴方が美しくて…見惚れていたのです」

目尻をほんのりと彩る紅が濃くなったように見えたのは気の所為だろうか。

「…埒もないことを」

そう言い捨てて、ぷいと再び窓外に目を遣る泰明の横顔を見詰め続ける。

 

常は清らかに美しいと感じるその横顔が、今は何処か艶めいて見える。

そっと指を伸ばす。

滑らかな頬に触れると、小さな震えが伝わった。

その肌が伝えてくる熱はこの身を駆け巡るそれと等しく重なるよう。

そっと引き寄せると、細い身体は容易く腕の中に納まった。

ふっと白い面が上げられる。

揺らめく灯りを集めて艶やかに輝く瞳に再び囚われた。

逃れる気にはならなかった。

囚われて…

 

溺れてしまいそうだ。

 

絹糸のような髪に指を絡め、紅に染まっていく華奢な身体を掻き抱く。

耳元で驚いたような、怯えたような小さな声が上がった。

怯えさせてはいけないと思いながら、どうしてもその身体を放すことが出来ない。

「すみません…泰明殿」

息苦しいほどの愛しさが声音に滲んだ。

 

やがて、細い手がしがみ付くようにこちらの上着の背を掴み…

 

艶やかな紅に煌めく星の海へとふたり、溺れていく。

 



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