綺羅

 

 今夜は星が美しい。

 冴えた空気のせいか、輝きが常より増して見える。

 車から降りて、会場へとまっすぐ続く銀杏並木の道を歩きながら、友雅は夜空を見上げる。

 常夜灯が仄かに照らす路の上に、黄色く色付いた銀杏の葉がはらりと舞い落ちた。

 ふと、傍らを歩く泰明が僅かに身を震わせたのを感じて、友雅は華奢な身体を引き寄せる。

「寒いかい?」

「平気だ。問題ない」

 少し冷たい夜気に驚いただけだ、と応えて少し微笑んだ泰明に、友雅は微笑み返し、彼を抱き寄せたまま歩を進める。

 コート越しにも泰明の腰の細さが感じられる。

 会場に入った後のことを考えて、友雅は少々悪戯っぽく微笑んだ。

 

 きっと、泰明はその美しさで会場中の視線を攫うことだろう。

 

「しかし、本当に良いのか?このようなことをして」

 泰明が僅かに首を傾げると、翡翠色の髪が幾筋か羽織ったコートの肩から滑り落ち、袷から除く白い胸元に振り掛かる。

 コートの下に泰明が纏っているのは、きらびやかなドレスだった。

 艶やかで長い髪は、緩く結い上げられて背や肩に流され、幾つもの小花で飾られている。

 髪の合間から覗く白い耳朶に付けられたイヤリングが揺れる。

 まだ、少し戸惑ったように問う泰明を、安心させるように友雅は微笑んだ。

「ああ、大丈夫だよ。それほど格式張ったパーティではないし」

 しかし、取引先の社長が主催する、欠席は望ましくないパーティーでもある。

 にも関わらず、その開催が、多忙な泰明と一日共に過ごせる休日に重なっていると分かったとき、

友雅は迷わずパーティーを欠席しようとした。

 友雅にとっては、仕事よりも何よりも泰明と彼に纏わることが最優先事項なのである。

 だが、会社役員に散々泣き付かれ、

何よりも優秀なる秘書からそのことを知らされた泰明に諭された為、結局出席することになった。

 その代わり、友雅は役員たちに、パーティーへの泰明の同伴を要求し、承認させた。

 そうすれば、自由ではないが、何とか一日泰明と共に過ごすことができる。

 そして、そうと決まれば、愉しまなければ損である。

ちょっとした悪戯心も芽生え、泰明をスーツ姿ではなく、ドレス姿で出席させることにした。

 それに、友雅がひとりでこうしたパーティーに出席すると、

若き独身の敏腕社長目当ての若い女性たちにすぐ囲まれてしまう。

 今は泰明一筋である彼にとって、それは煩わしいことのひとつとなっていたので、

ドレス姿の泰明を同伴させることは、群がる女性たちを遠ざける意味でも、上策だ。

 泰明にもそう説明して承知してもらったが、本音を言えば、

ただ単にこの機会に泰明を美しく着飾らせたかっただけであった。

 

 それにして、衣装合わせのときも思ったが、泰明のドレス姿は素晴らしく美しい。

 何より、スタイルが良い。

 手足が長いばかりでなく、腰も細く引き締まっているので、女性と偽っても難は無い。

 難が無いどころか、どこからどう見ても、絶世の美女だ。

 若干背が高めな観があるが、ファッションモデルを考えれば、泰明くらい背の高い女性は幾らでもいる。

実際、今夜のパーティーには、海外でも活躍する女性モデルも多く出席するという。

 

 が、そんな輝く星々の如き美女たちも、この夜空に煌く本物の星々ですら、泰明の美しさには適うまい。

 

 既にそう確信し、ひとり悦に入る友雅だったが、泰明の次の問い掛けに我に返る。

「しかし…私のこの格好は、可笑しくはないか?」

「そんなことはないよ。どうして?」

「…常よりも人に見られているような気がする。私の格好が可笑しいからではないのか?」

 そう言って、泰明は周囲に視線を流す。

 常に周りの視線に無頓着な泰明も、慣れない服を纏っている為か、注がれる視線に敏感になっているようだ。

 逆に友雅は、美しく装った恋人を連れていることに浮かれてしまい、

周りから注がれる視線の質にこのときまで気付かずにいた。

 我に返って、改めて周囲に注意を巡らしてみると……

 向けられる視線は、泰明の言うような好奇に満ちたものではなかった。

 多くは憧れと羨望の眼差しだ。

 そして、泰明に見惚れる眼差しが、存外多い。

 ある程度予想していたが、この並木道を会場へ向かって歩む、恐らく招待客であろう男性の殆どが、泰明に見惚れている。

 はっとしたように振り返る者、立ち止まって見入る者の何と多いことか。

「………」

「友雅?」

 急に立ち止まった友雅を泰明が怪訝そうに見る。

 

「……止めた」

 

 唐突な言葉に、泰明がきょとんとする。

「「止めた」とは…何をだ?」

「このパーティーに出席することだよ。帰ろう、泰明」

 言うなり、抱いていた泰明のほっそりした腰を一層強く抱き寄せて、強引に方向転換させ、来た道を戻り始める。

「…ッ!いきなり、どうしたと言うのだ?!」

「気が変わったんだよ」

 このまま会場入りすれば、自分が多くの女性から囲まれることを免れても、泰明が多くの男性に囲まれてしまう。

「だが、仕事上欠席は出来ないのではないのか?」

「欠席は望ましくない…という程度の話だよ。間に合えば、代わりに役員に出席させる」

「しかし…」

「今夜は随分とお喋りだね、泰明。少し黙って」

 言って、先の言葉を封じるように、ルージュを引かれた唇に口付けた。

 

 この地上に輝く星に見惚れる男たちに見せ付けるように。

 

「…後でどうなっても知らぬぞ」

 友雅の唇から解放された泰明が、腕の中で小さく溜め息を付く。

「ああ、もちろん、後の責任は取るよ。…すまないね、勝手なことを言って振り回してしまって」

 少し申し訳ない気分になって苦笑した友雅を、泰明はやや上目遣いに見上げて、少し微笑んだ。

「いや、逆に私は助かった。私はあまり人の多いところは苦手ゆえ…」

 それでも、友雅のためなら、と、泰明はパーティーの出席を承諾してくれたのだ。

 その健気さが愛おしくて、友雅はもう一度泰明を今度は柔らかく抱き締める。

「それじゃあ、今からゆっくりとふたりだけで過ごそう」

 笑顔の提案に、泰明は素直に頷いて、友雅の首に腕を回した。

 

 触れ合うことで伝わる泰明の身体の輪郭とその温もり。

 それらを失いたくないと思う。

 いつでも、その存在を、輝きを自分の傍に感じていたい。

 自分以外の誰にも触れさせたくない。

 例え、子供じみた独占欲だと貶されようと、そう思う気持ちは、止められない。

 

 夜風に色付いた銀杏の葉がはらはらと舞う。

夜空の星が煌く。

 

だが、この腕の中に捕らえた星は自分だけのもの。


ぷち七葉制覇其の六は、ともやすです。 やっと辞書で引いたら出てくるタイトルに辿り着きました(笑)。 やっすんの女装再び(癖になってきたか?/笑)。 「綺羅=美しい服・華やかなこと」からやっすんのドレス姿、 「きら」という音から、「星」「輝き」と連想を繋げていって出来上がった話です。 あと、友雅氏といったら、「星」でしょ!(術が…)という短絡的な発想も盛り込まれていたり(苦笑)。 ふとした拍子にやっすんへの独占欲が影響し、勝手にパーティーをドタキャンした友雅氏は、 後日優秀且つ容赦ない秘書に、こっぴどく叱られます(笑)。 ま、やっすんとらぶらぶできた(笑)対価としては安い方でしょ♪(鬼) 戻る