雛遊び
するするさらさらと涼しい音を立てて、翡翠色の髪が指の間から滑り落ちていく。
その手触りも今まで経験したことのない心地良さで、いつまでも触れていたいと思うほどなのだが…
「う〜ん、上手くいかないなあ…」
櫛を片手に詩紋は小さな溜息をつく。
彼の前に大人しく背を向けて座っていた泰明がちらりと肩越しに視線を寄越した。
「詩紋、出来ないなら無理をせずとも良い。私はいつも通りの髪型で構わぬゆえ」
そう言って、無造作に髪を結い上げようとする泰明を詩紋は慌てて止める。
「待って。大丈夫。難しいけど出来ると思うから」
咄嗟につかんだ手首の華奢な感触に、内心、どぎまぎしてしまいながら、
詩紋は改めて目前に流れ落ちる泰明の美しい髪に向き直る。
切っ掛けは些細なことだった。
いつも凛と整った狩衣姿で、いつも髪を綺麗に同じ型に結い上げている泰明。
それはそれで、好ましいし、彼自身が綺麗なことには変わりない。
しかし、いつも同じ格好、同じ髪型というのは少し物足りない。
それでは、勿体無いと思うのだ。
せっかくこんなに綺麗なのだから。
館の廂の間にふたり、腰を下ろして、何気ない話をしていたとき。
泰明が柔らかく微笑んでくれて、ふと、詩紋はそう思った。
着物までは流石に用意できないけれど、髪型くらいなら変えられるだろう。
変えてみたい。
泰明に頼んでみると、彼はちょっと首を傾げたものの、構わないと頷いてくれた。
無造作ではあるが、決して粗雑ではない手つきで、結った髪をするりと解く。
翡翠色の髪が、華奢な肩や背を滑り落ち、板床の上にも流れを作る様子に、少しどきどきしてしまう。
そんな胸の高鳴りを隠しつつ、新たな髪型に挑戦するべく、詩紋は櫛を片手に泰明の髪に向き合ったのだが、
泰明の髪はあまりに艶やかで、却って纏めにくいことが明らかとなったのである。
幾筋か掬い上げて結おうとすると、すぐに、するすると指の間から逃げていく。
詩紋は泰明の美しい髪を前に暫し格闘することとなった。
自分は元来器用な方であると思うのに、これほど苦労するとは……
「…泰明さんってすごく器用なんだね」
しみじみと言うと、泰明が背を向けたまま応えた。
「そんなことはない。ただ、いつもの髪型を結うのに、慣れているだけだ。
もし、違う髪型にしろと言われても、恐らく詩紋のように、上手く出来ないだろう」
「泰明さん?」
泰明が頭をちょっと俯けたので、詩紋が声を掛けると、
「私の髪は扱いにくいだろう?」
詩紋が上手く髪を結えないのを自分の所為にしているかのような沈んだ声が返ってきて、詩紋は少し慌てる。
「そんな!泰明さんの所為じゃないですよ!僕が勝手に言い出したことなんだし…
それに、僕、泰明さんの髪、綺麗で好きです!!」
言いながら、頬が熱くなる。
泰明は前を向いたままだった。
ただ、
「有難う、詩紋」
その一言が耳に温かく響いた。
「いいえ」
思わず、見えないだろう泰明に向かって、首を振ってしまいながら、詩紋は火照った頬を俯ける。
…好きなのは、泰明の髪だけではないのに……
絹糸のように滑らかな髪を綺麗に梳りながら、何処かもどかしい気持ちで少し唇を噛む。
この気持ちを告げてしまいたい。
でも、言えない。
泰明は京の人々が「鬼」だという外見を全く気にせず、嘘偽りなく自分に接してくれた。
だから、自分も泰明が「人」ではないと知ったとき、変わらず彼に接することが出来た。
いや、そんなことよりも。
彼は、澄んで綺麗なひとだったから。
蝶が咲き誇る花に惹かれるように、自然に好きになっていた。
泰明も「人」でないことを知ってなお、変わらず接する詩紋に親しみを憶えてくれたのだろう、
自分と話しているときだけ僅かに表情や声音に優しさが滲む。
それが、嬉しかった。
そんな彼の姿が見られるだけで、一緒にいられるだけで良かった。
だが、いつからだろう、そんな穏やかな時間が時折、苦しくなってきたのは。
それは、彼の淡い微笑を見る度に強くなって、胸に隠していた想いを吐き出してしまいたくなる。
でも、できない。
自分はまだ、「子供」だから。
きっと、泰明は自分のことを弟のように思ってくれているのだと思うから。
この気持ちを伝えたら、きっと彼は困ってしまう。
そんな彼を強引に引き寄せられるほど、自分に自信があるわけでもない。
だから、想いを告げる代わりに、掬い上げた彼の髪の一房に、気付かれぬようそっと口付けた。
「ほら、出来ましたよ!」
物思いを隠すように、殊更明るい声で、詩紋は泰明の細い肩を軽く叩く。
鬢を残して、あとは結い上げるだけの簡単な髪型になってしまったが、何とか綺麗に結うことが出来た。
差し出された鏡で、それをちょっと確認した後、泰明はくるりと身体ごと詩紋に向かって振り向いた。
「その髪型、気に入らないですか?」
ちょっと不安になって詩紋が訊ねると、泰明は首を振った。
彼が首を振る動きに合わせて、細い髪がしゃらしゃらと揺れ、結われた髪の幾筋かが、華奢な肩を飾るように止まった。
そんな様子に見惚れている傍から、
「詩紋はこの髪型をどう思うのだ?」
と、泰明に訊ねられた。
「綺麗だと思います。…って自分で言うのも変ですけど、似合うと思いますよ」
反射的に応えてから、取り繕うように言葉を添える。
不自然な応え方になっていなかっただろうか。
密かに気にする詩紋の前で、泰明がほっとしたように滑らかな頬を緩めた。
「そうか。詩紋がそう言うならば、問題ない」
とくんと胸が鳴った。
僅かに白い頬を染めながら微笑む泰明。
もしかしたら、と淡い期待が生まれる。
そうして、綺麗な彼を独り占めしたい気分になった。
せめてこのひと時だけでも。
詩紋は「他の皆にも見せてきましょうか」との誘いの言葉を呑み込んで、泰明に笑みだけを返した。
それからは、ただ、泰明と他愛ない会話を交わした。
いつものように。
しかし、淡い胸の動悸はいつまでも止まなかった。
時折、風に乗って泰明の長い髪が目前に流れてくる、その度に胸の動悸は速まる。
誘われるように顔を上げ、澄んだ瞳と微笑み交わしながら、詩紋は思う。
今はまだ、新たに生まれた期待を確かめることはできない。
それでも。
いつか、この想いを告げることができるだろうか。
告げてもいいだろうか。
今よりも、もっと自分に自信が持てるようになったなら。
それはもしかしたら、そう遠い日ではないかもしれない。
ふいに訪れた予感に胸は高鳴る。
早くそのときが来ればいい。
でも今は。
この恋は秘密。
七葉制覇完了です!!やった〜っ!!(喜) という訳で、しやすです♪(しもやすって言うと語感が悪いので、しやすで!/笑) 詩紋は無邪気さを装いつつ、秘密の想いを抱えておるのです。 やはり、友雅二軍(だと思います!)な詩紋は、その内面もちょっとは複雑、というか大人びているだろうということで。 ちょっぴり切ない片想い(?)な雰囲気で攻めてみました(笑)。 肝心のやっすんの気持ちは、ちょっと脈アリ?くらいで。 そして、今回のやっすん賛美ポインツ!!(笑)は、さらさらキューティクルな御髪で御座います!! ああ、やっすんの髪、触りたい〜、触りたいよう♪という気持ちからこの作品は生まれたと言って過言ではありません!(笑) ちなみに題名は、やっすん=雛=お人形さん♪の美しい御髪で遊ぶ(?)詩紋の様子から付けました(笑)。 これで、お着替えも加わったら完全な「雛遊び」です、にやり。 また、詩紋以外の七葉(18歳以上)がこのお遊びをやると、更にいけない要素も加わります、まあ、大変!←? …ええと、自ら話の雰囲気をぶち壊しておりますが(苦笑)、こちらの作品もフリーです。 これもかなり珍しいかもしれない(笑)しやす、貰ってやろうと仰る心優しき方は、 掲示板等で一言お知らせくださると、喜びにひれ伏します!!(どういう表現だ…) とろとろペースながらも続けて参りました七葉制覇。 これらを経て、わたくし、自信を持ちました! やす受だったら(笑)、書けないものはない!!!…………多分。←コラ! まあ、今後も懲りずに、やす受を続けるのは確実かな、ということで(笑)。 今後とも一つ宜しくお願い致します! 戻る