Blue 〜eternal〜
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皇宮や大貴族の邸宅と比べるとこじんまりとしているが、品良く整えられた藤原邸。
「いらっしゃいませ」
玄関の扉が開かれ、執事と大袈裟でないほどの数の使用人が永泉を出迎える。
「入らないのか?」
扉の前で立ち尽くす永泉に、泰明が淡々とした口調で問い掛ける。
永泉が我に返ったように、はっと振り向き、泰明を見る。
その精巧な人形のように端正な顔を。
そして、細い腰に目に見える形で吊り下げられた拳銃を。
再び、永泉の紫色の瞳に怯えが走る。
「……」
変わらず動こうとしない永泉を真っ直ぐに見下ろした泰明は、ふいと目を逸らし、先に扉の内へと入っていった。
埒が明かないと感じたのか。
だが、その冷たいまでに整った横顔には何の表情も浮かんでいなかった。
「お帰りなさいませ、泰明様、頼久様」
「永泉様、どうぞ中へ」
何時の間にか、遠ざかる泰明の細い背を目で追っていた永泉は、背後の頼久にも促されて、やっと邸内へ足を踏み入れた。
客間で永泉を待ち受けていたレジスタンスのリーダーは意外なほどに、柔らかな雰囲気の男だった。
「お初にお目に掛かります、永泉様。橘友雅と申します。一応、この物騒な集団の代表者ということになっております」
貴族と変わらぬ優雅さで一礼され、永泉の緊張が少し和らぐ。
しかし、すぐに、笑みを浮かべた碧い瞳に、底知れない光が潜んでいることに気付く。
その抑え込まれた強い光に、気圧されそうになりながら、
永泉はここまでの気迫が篭っていないと、レジスタンスを率いることなどできないのだと思い直した。
そう言えば、今この場にもいる頼久、鷹通の瞳にも良く似た強い光を感じた。
そして、泰明にも…いや、泰明が瞳に宿す光は、他の者とは少し異なっているような気がする。
光の強さは変わらない。
だが、その光は何処までも澄んでいた。
見合う者の心を刺し貫き、露にしてしまうほどの澄んだ透明な光。
殆ど無意識のうちに、部屋のうちに彼の姿を捜す。
友雅は正面、鷹通は斜め横のソファに腰掛け、頼久は壁際に佇んでいる。
そして…
彼は、少し離れた窓際に腕を組んで佇んでいた。
その透明な視線と視線がかち合った。
そこで、永泉ははっと我に返り、友雅に向き直る。
そんな永泉をどう思ったものか、穏やかな、ある意味、底の知れない微笑みを保ったまま、友雅は永泉を見詰めていた。
「しかし、正直御門(ミカド)の実の弟君であられる貴方が、お越しになるとは思っておりませんでした」
永泉は一度目を伏せてから、友雅を見上げる。
「そちらも充分ご承知かと思いますが、この体制下では、御門といえど、いえ…
御門だからこそ、心に思ったことをそのまま口にすることはなかなか難しいことなのです。
口にするにしても、慎重にその相手を選ばなければならない。
勿体無くも、私は御門のそうしたご信頼を受けることが叶い、それを何よりの幸いと思っております。
このような私を信じ、願いを託してくださった御門にお応えする為に…覚悟を決めてやって参りました」
そこまで言った永泉は、懐からゆっくりと、メモリースティックを取り出した。
「この中に、御門からの文書が入っています。御覧になって下さい」
「有難う御座います。今、ここで拝見しても?」
「はい。こちらにいらっしゃるのは、レジスタンスの主要メンバーだとお伺いいたしました。
ならば、彼らにも内容を知っていただいた方が宜しいでしょう。私も御門の命で内容は既に存じておりますので」
「それでは…」
メモリースティックを受け取った友雅が立ち上がり、壁に設えられた端末にスティックをセットする。
そこだけタペストリや絵画を飾っていない白い壁がそのまま、スクリーンとなる。
泰明、頼久、鷹通は、その場を動かず、目線だけをスクリーンに据えた。
映し出されたのは、音声の付いていない文書だった。
多くの者が充分読解できる速度で、文字が流れていく。
皆、黙したまま、その文字を追った。
「…!これは!」
文書が終わりに差し掛かった頃、鷹通が驚きの声を上げた。
同時に、スクリーン上で小さな小窓が立て続けに開き、ある建造物の写真とその見取り図、
それから、周辺地図の画像が映し出された。
「この屋敷と土地は、表向きは、私たちの遠縁に当たる某子爵の持ち物となっておりますが、
彼が跡を継ぐ者がないまま、亡くなった折、密かに御門が譲り受けました。
今は無人のまま、土地と建物だけが残っております。
御門の文書にもある通り、レジスタンスが今後も組織として拡大していくならば、大きな拠点が必要となります。
この土地はそれだけの広さがあるのではと思うのですが、如何でしょうか?」
永泉の問いに、鷹通が頷いた。
「確かに…これだけの規模があれば充分です。情報都市中心からやや離れた立地条件も良い。
私が探し出した候補地と比べても…これ以上条件の良い場所は見付からないでしょう」
その応えに、永泉は僅かに微笑んだ。
「それでは…この土地を、レジスタンスの拠点として差し出しましょう」
「君の勘のとおりになったね」
「ええ、幸運なことです」
「運ではない」
友雅の掛けた言葉に、鷹通が応えたとき、ふいに泰明が口を挟んだ。
「これは皆で力を出し合って、御門との会談を成功させた結果だ。
これをもし、運と言うのなら、それは私たちが自ら引き寄せたものなのだ」
「…そうですね。その通りです」
言葉を噛み締めるように鷹通が応え、微笑む友雅、口元を引き締めた頼久が、泰明に頷く。
…なんて強い。
何かをなそうとする固い意志に満ちた彼らの様子に、永泉は再び気圧される。
泰明などは、自分とそう変わらない華奢な外見をしているのに、その凛々しい姿からは弱々しさは微塵も感じられない。
自分にはとても真似できない。
そう感じながら、控えめに言葉を紡ぐ。
「貴方方と御門との連絡役は、今後も僭越ながら私が務めさせていただきます。宜しくお願い致します」
立ち上がって腰を折ると、友雅と鷹通は立ち上がり、腰を折った。
壁際に佇んでいた頼久もその場を動きはしなかったが、同じように腰を折る。
「こちらこそ。我々の危険な旅路へのご助力を感謝いたします」
永泉が顔を上げると、ただひとり腰を折らずにいた窓際の泰明と再び目が合った。
澄んだ瞳で臆することなく永泉を見返す泰明から、永泉はそれとなく目を逸らす。
「五日後に、将軍はこの情報都市を離れます。新しい拠点に移動するのは、その後が宜しいかと…」
「では、六日後に」
「六日後ですね、分かりました。その際には、私も参ります。それでは…今日はこれでお暇させていただきます」
もう一度ごく簡単な挨拶を交わすと、見送りを断って、永泉は客間を後にする。
去り際に何気なく振り向き、視線を彷徨わせる。
そのひとはもう、こちらを見ておらず、視線を窓外へとやっていた。
当然ながら、視線が合うこともない。
安堵とも落胆ともつかぬ複雑な感情が胸を過ぎる。
そうして、やっと、自分が先程から泰明のことばかり見ていたことに気が付いた。
市街へ出た天真は、多くの観光客が行き交う繁華街を中心に一通り見て回っていたが、特に真新しい噂は拾えなかった。
そろそろ戻るかと、人並みが途切れたところで、天真は周囲に気を配りつつ、ゆっくり歩を進めていた足を止める。
そこは、ちょうどこの情報都市に入った日に訪れた劇場前だった。
以前よりは、体裁の整った服装ではあるが、貴族連中の集まるこの辺りは居心地が悪い。
早く離れるに越したことはないと、くるりと踵を返したとき、
「そこの貴方、ちょっとお待ちになって」
「少し宜しいかしら?」
貴族の令嬢らしきふたりの少女に声を掛けられる。
「…何か?」
「貴方、ここではあまり見ない顔だけれど…貴族なのかしら?」
無邪気な口調での問いに、一瞬天真は顔を強張らせ掛けるが、すぐに少女たちの意図に気が付いた。
彼女らは天真を、僅かに頬を染め、瞳を輝かせながら見上げている。
何のことはない、逆ナンパだ。
「宜しければ、お名前を教えていただきたいわ」
「悪いが、教えられない。それに、俺は貴族じゃない。ただの旅行者だ」
内心うんざりしつつ、そう断ると、彼女たちは食い下がった。
「まあ、そんなことを仰らないで」
「お名前ぐらいは教えてくださっても宜しいんじゃありませんこと?」
言いながら、天真のジャケットの袖を捉えようとする。
ここにこれ以上長居すると、悪目立ち必至だ。
小さく舌打ちしながら、少女たちの手を躱す。
そのときだった。
ちらりと目の端を何かが過ぎる。
はっとしてそちらの方に目を向けると、劇場と美術館の間の通りに入る小柄な人影が見えた。
ひらりと翻るスカートと靡く黒髪が劇場の角に消える。
「待てッ…!!」
少女たちの呼び止める声に構わず、天真は駆け出す。
目の前にある車道を横切って、劇場側の通りに渡り、その角を曲がる。
しかし。
そのときにはもう探していた人影は跡形も無くなっていた。
「…くそっ」
幻覚かと一瞬考えるが、天真はそれをすぐに否定する。
目の端に捉えたあの面影…
三年経とうとも、間違える訳がない。
あれは確かに蘭…妹だった。
姿を見失ったものの、諦めきれずに劇場前より人の多い通りを歩き出す。
突然、通りの向こう側で鋭い銃声が響いた。
続いて女性の高い悲鳴も。
その声は妹のものではないと思ったが、天真はそちらに向かって駆け出す。
足を止めて不安げに佇む人々を擦り抜けながら、通りの向こう側に出ると、そこは既に人だかりができつつあった。
車道の脇に停められた高級車の前。
野次馬の間から着飾った貴婦人らしき女性が、倒れた連れの男性に縋り付いて泣き叫んでいるのが見えた。
察するに貴族のようだ。
先程の銃声の被害者か。
天真は用心深く、周囲を見渡す。
だが、そこに怪しい人間を見出すことはできなかった。
天真はすぐに身を翻して、その場から離れる。
この件が軍絡みである可能性は高い。
先程目にした蘭の姿と関係があるかどうかは分からないが、胸がざわめくような不安を訴えている。
どちらにせよ、はっきりしているのは…
蘭が、妹が確かに生きているということだ。
真っ直ぐ前方を睨んで歩きながら、天真は拳を固く握り締めた。
事件現場からやや離れた劇場の裏通り。
やや薄暗い通りを歩んでいた少女がぴたりと足を止める。
目の前に、薄暗がりの中でも輝く金髪を靡かせた青年の姿がある。
「ご苦労だったな、ラン」
「…はい」
嘲るような笑みを含んだ言葉に、黒髪の少女は無機質な声で応える。
その華奢な右手には拳銃が握られていた。
青年が身に纏う黒いコートを広げると、少女は歩を進め、その懐の中に収まる。
少女の姿を隠したまま、青年は通りを出て、そこに待たせてあった車に乗り込んだ。
車が滑るように走り出すと、ブラインド処理の施された窓外に、通りの角を曲がる茶色い髪の青年の後姿が遠く見える。
少女の細い肩を抱きながら、青年はうっすらと微笑んだ。
「らぶ」まで行き付けませんでした(苦笑)。 ご期待くださった方がいましたら、申し訳ありません。もう少々お待ちを! 御門の配慮により、レジスタンスは、本拠となる場所をゲットすることができました。 そして、レジスタンスメンバーに気圧されっぱなしの永泉は、怖がりながらも、 対面の間中、無意識のうちにやっすんのことを見ていたようです。 彼が自分の気持ちに気付くまで後一押し!(笑) 一方、仲間外れの観のある(?)天真は出先で探していた妹の手掛かりを得ました。 しかし、そこにはやはり、アクラムの影が…(汗) 次回は、「らぶ」です、間違いなく(笑)。 ラスト(シリーズラストにあらず/笑)に向けてエンジン掛けて行きたいと思います! top back