Blue 〜eden

 

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 理由の分からぬ予感があった。

「うわっ…!」

 しかし、泰明が警告の声を発したときには既に遅く、天真の放った銃弾は大きく的を外し、厚い壁を穿った。

「つぅ…何だ、急に身体が…ッ!…」

 次の瞬間には、天真は銃を取り落とし、床に膝を付いていた。

 突如身体を走った痺れに、身動きが取れなくなる。

 そして、それは天真だけではなかった。

 泰明、友雅、詩紋も同様の痺れに襲われていた。

 目を覚ましかけていた研究者は、訳が分からぬまま、再び昏倒する。

 その場でただ一人超然と佇むのは、アクラムだけだ。

 天真が銃を撃とうとした瞬間、アクラムの足元から、電流のような波動が合金製の床を伝って四方に散るのを、泰明の瞳は捕らえていた。

 その力が今、泰明らを苛んでいる。

「…っ、将軍には…特殊能力が…」

 詩紋が床に手を付きながら、辛うじて言葉を紡ぐ。

(特殊能力…!そうか!)

どうにか両の足で己の身体を支えつつ、友雅は内心で歯噛みする。

油断をした。

 己のテリトリー内とはいえ、何故、将軍がたった一人で、自分たちに対峙しているのか。

 それは三人を相手にしても、彼に勝算があったからだ。

 そして、この特殊能力こそが彼の切り札であったのか。

 力の入らない腕で、同じく辛そうに立っている泰明の細身を、友雅は抱え直そうとする。

 が…

「あ…ッ!」

「泰…明…!」

 何時の間にか迫っていたアクラムが、その細い腰を抱き寄せるように、友雅の手から泰明を奪った。

 とっさに手を伸ばすが、届かない。

 そんな友雅に、アクラムは改めて銃口を向け直した。

「さあ、これで思う存分、お前を八つ裂きに出来る」

「…っ放せ!!」

 アクラムの腕の中で、泰明は身を捩るが、儚い抵抗にしかならない。

「くそ…っ!」

 震える膝を叱咤して立ち上がり、天真が再び銃をアクラムに向けて構えるが、照準がうまく合わせられない。

 このままの状態で撃てば、泰明を傷付けてしまうかもしれない。

 動けない。

 そんな天真の様子など一顧だにせず、アクラムは友雅を見据えた。

「当初は、お前を捕らえて、裁判の上、公開処刑にするつもりでいたが…やはり、面倒だ。一息で片を付けることにしよう。

将軍の権限で略式裁判と処刑を今、ここで行ったことにすれば良い」

 言いながら、アクラムがすっと青い瞳を細める。

「ッう…!」

 すると、身体中を苛む痺れが更に強くなり、友雅はとうとう床に膝を付いた。

「友…雅!」

 必死に呼び掛ける泰明の声が遠ざかりそうになるのを、辛うじて引き寄せ、視線を上げる。

「頭を失えば、レジスタンスもおとなしくなるだろう」

 そう嘲笑うアクラムに、友雅はどうにか唇だけで微笑み返した。

「…それはどうかな…元より私は形だけのリーダーでね…私を消したところで…彼らの勢いは止まらないよ…」

 必ず、彼らは軍を打倒し、自由を取り戻すだろう。

 苦しげではあるものの、確固として言い放たれた言葉に、アクラムは更に唇を嘲笑に歪めたが、

それと相反するように、眼差しは冷えていく。

「ならば、試してみるか」

「…ッさせぬ!」

 そうして、躊躇いなく引き金を引こうとしたアクラムの腕に、泰明がしがみ付いた。

「…泰明!」

「邪魔をするか…アズラエル」

「う…ッ…」

 アクラムが空いている左手で、泰明の細い顎を掴んだ。

 美しい眉を顰めながらも、泰明は澄んだ瞳で、射抜くようにアクラムを睨む。

 それを平然と見返すアクラムの青い瞳に一瞬、苦痛の色が過ぎった。

「…?」

 以前にもこのようなことがあった。

 そう気付いた泰明は、我知らず、アクラムの瞳に見入ってしまう。

 

 青い…青い瞳。

 夢中で拾い集めていた硝子の色。

 写真で見た海の色。

 空の…色。

 

 ふと、その色が冷たい炎を宿した。

 そう感じた瞬間、目の前に青が拡がった。

眩暈のような感覚に襲われる。

「そう…止めを刺すのは、お前にやらせよう。愛する者の手に掛かるのなら、この男も本望だろう」

 アクラムの声が谺する。

「泰明…?!」

 呼び掛ける声は、友雅か、それとも天真か。

 判別が付かないほど、その声は微かにしか届かない。

 拡がる青に、五感も思考も塞がれる。

 するりと手の中に落とされた硬い銃の感触だけが鮮やかだった。

「そして…お前を罪悪感で縛り上げてやろう。二度と私の手の内から逃れることのないように」

 

「泰明…?!」

 アクラムの瞳に見入ったまま、硬直したように動きを止めた泰明に、友雅は呼び掛ける。

 しかし、泰明は何の反応も返さない。

 明らかに様子がおかしい。

 そうして、そのほっそりとした手に銃を受け取った泰明は、人形のように機械的な動きで、ゆっくりと友雅に銃口を向けてくる。

「…!」

「やめろ…泰明!」

「…泰明さん!!」

 必死に呼び掛ける天真や詩紋の声も、今の泰明の耳には届かないようだ。

 宝石のように澄んで輝いていた瞳は、薄いヴェールを掛けられたように輝きを失い、曇っている。

「お前を罪悪感で縛り上げてやろう。二度と私の手の内から逃れることのないように」

 泰明に向けたアクラムの言葉が耳に入り、友雅は思わず口を開いていた。

「…君が欲しいのは、君の言うがままに従うだけの…無機質な人形と化した泰明なのかい?だったら…それは泰明ではないよ。

泰明の形をした抜け殻だ。本来の輝きを奪ってまで、彼を手元に留めておくことに…意味があると思っているのかね?」

「黙れ」

 冷たい怒りを孕んだアクラムの声音と同時に、泰明の指が銃の引き金に掛けられる。

 友雅は唇を引き結ぶ。

 泰明の手に掛かるのなら本望…と言いたいところだが、これは泰明の意思ではない。

 何よりも、泰明を罪悪感で縛るなどという真似は、断じて阻止しなければならない。

「…っ、泰明!!」

 身体の痛みを堪え、一縷の望みを掛けて、友雅はもう一度はっきりと呼び掛ける。

 ほんの僅か、こちらに向けられた色違いの瞳が揺らいだ気がする。

 その感覚を信じて、友雅は一か八かの賭けに出た。

「くっ…」

 未だ痺れの残る指を動かし、懐から取り出したものを泰明に向かって放り投げる。

「…っ何を!」

 不意の行動に意表を突かれたアクラムが、咄嗟に取り出したもうひとつの銃で、それを撃った。

 瞬間。

 泰明の目前で、青い欠片が飛び散った。

 それは煌きながら、宙を舞い、ゆっくりと落ちていく。

「あ…!」

 それは、泰明が夢中になって集めていた青い硝子の欠片だった。

 元は誰にも省みられない、海に投げ捨てられた塵に過ぎなかったもの。

 しかし、泰明にとっては、どんな宝石にも勝る宝物だった。

 拡がる青。

 淡い光を纏った青が、それまで視界を占めていた冷たい青を凌駕する。

「子供騙しか」

 投げ付けられたものが、武器ではなかったことに、アクラムが嘲る口調で呟く。

 応えて、友雅が優雅に微笑んだ。

「それはどうかな」

「…!」

 友雅の言葉と同時に、捕らえていた泰明が渾身の力で、アクラムの胸を突き飛ばし、その腕の中から逃れた。

 そうして、輝きを取り戻した瞳で、鋭くアクラムを見据え、手にした銃口を突き付ける。

「戻ったか…」

 アクラムが無感動に呟く。

「泰明!」

「泰明さん!!」

 呼び掛ける天真と詩紋にしっかりと頷きを返し、泰明は友雅を見て、微笑んだ。

「有難う、友雅。助かった」

「どういたしまして。君が戻ってきてくれて嬉しいよ」

 友雅も微笑み返す。

 身体の痺れもようやく治まってきた。

 将軍の特殊能力は侮れないが、もう不意を突かれることはない。

 この心は、決意は挫けない。

 泰明はアクラムへと視線を戻し、きっぱりと宣言した。

「例え、どのようなことがあろうとも、私はお前のものにはならない」

 アクラムが青い瞳を見開いた。

 が、驚愕の色はすぐさま消え去り、無感情ともいえる冷たい色に取って代わる。

「…私を拒絶するか、アズラエル。分かっているのか、私を拒絶するということは、己自身を拒絶することに等しいということを」

「何?」

 泰明が怪訝そうに細い眉を寄せる。

「これ以上、泰明を惑わせるようなことは言わないでもらおう」

 泰明の僅かな戸惑いさえ遮るように、友雅が言葉を発した。

 そして、友雅もアクラムへ向けて銃口を突き付ける。

 応じて、天真も改めて構えた銃の照準をアクラムへと合わせ、詩紋はアクラムの特殊能力が発動したときに備えて、床に手を付いた。

 試したことはないが、自分の治癒能力を応用すれば、アクラムの能力を多少は抑えることが出来るかもしれない。

「泰明、こちらへ」

 油断なくアクラムを見据えながら、友雅が泰明に向かって手を差し伸べる。

「行くな、アズラエル」

「君に命じる資格はないよ。泰明だけではない。この国も、民もお前のものにはならない」

 相手に負けぬほど冷えた声音で友雅が切り返すと、アクラムは唇だけで笑った。

「この国のことなどどうでも良い」

 思わぬ言葉に、その場にいる皆が目を瞠る。

「私の望むものはただひとつだ。それはこの国の愚かな民を支配することではない」

 皆が一瞬言葉を失う中で、ようやく泰明が問いを紡ぐ。

「では、お前は何を…?」

 ようやく問いを紡いだ泰明に、アクラムが微笑んだ。

 嘲りではない笑みだ。

 それを傍で見ていた友雅の胸が不穏にざわめく。

 その笑みだけで、アクラムが何を望んでいるかが分かった。

 恐らく、天真や詩紋にも分かっただろう。

 ただ、無垢に過ぎる泰明だけが、アクラムの真意を測りかねている様子だ。

 友雅にとって、それは幸いでもあった。

 何故なら、望みの強さという点においては、アクラムのそれは、自分たちに負けるとも劣らないと感じられたからだ。

(だが、彼の望みを叶えさせる訳にはいかない)

 

 泰明を始め、友雅や天真、詩紋も皆、アクラムに集中していた。

 それは同時に、他への注意を怠ることでもあった。

 故に、新たな銃口が泰明に向けられていることに、皆気付くのが一瞬遅れる。

 気配に気付き、反応するほんの一刹那の間に、銃は放たれた。

 重い銃声と友雅の声が重なった。

「泰明!!」

 


to be continued
…慌しいですね。 一進一退を繰り返すアクラムとの攻防戦(…と言うにはささやかですが/苦笑)。 アクラムに友雅氏がいぢめられたり(笑)、やっすんが操られそうになったり… それらをどうにか乗り越えたら、今度は予想外のピンチ到来! 気が付いたら、前回と似たような場面で続いてしまっているのが、少々痛いところです(苦笑)。 今回の隠れポイント(?)は、焦燥を垣間見せる友雅氏です。どこら辺で焦ってるか分かりますかね? …お分かりにならなかったら、私の表現力が足りないということになってしまうんですが(笑…えない/痛)。 まあ、いいか、そのときはそのときで(苦笑)。 それはさておき、次回はついに(?)アクラムの秘密が明らかになります。 う〜ん…この調子なら、あと2、3話で纏められるか?どうなんだ?(自問) とにかく次回も目が離せませんよ!←本当か?(自問その2。しかも、答えがないという…/笑) 乞うご期待!!…って言いつつ、期待を裏切る代物になってたら、すみません…(汗) back top