Blue 〜angel

 

− 7 −

 

「さて。それじゃあ、事情を聞かせてもらおうか」

 

 街から脱出した一行は、公道から外れた砂漠地帯をひた走り、

追っ手を振り切ったと見えるところで、隣市に入る手前の小さな街へと入った。

 宿屋が多いその街で、頼久配下の「疾風」隊員たちは一時散会し、少人数単位で別々の宿に入った。

 頼久の車に乗っていた泰明たち三人は、別れることなくひとつの宿に入る。

 用意された四人部屋に落ち着いたところで、天真が口を開いた。

 

 中央のテーブルの上で手を組んで、正面に座った友雅に、鋭い眼差しを向ける。

「そうだね。巻き込んでしまったからには事情を話さずにいる訳にはいかないだろう」

 その眼差しに静かに頷き、脇から口を開こうとした泰明を目で制してから、友雅は語り始める。

 

 自分たちの経歴。

軍から追われるようになった経緯。

 これから自分たちがやろうとしていること。

 

 ただ、泰明の出自に関しては言わなかった。

 流石に、軍の最高機密であった「模造天使」のことを一般民である天真に明かすのは気が引ける。

何より、泰明の正体を知ることによって、天真に余計な先入観を抱いて欲しくなかった。

泰明は天真に好意を持っている。

もちろん、天真が泰明に抱いているだろう想いとは別のものだが、

泰明はようやく外へ出て、様々な人々と触れ合い始めたばかりなのだ。

 できるなら、好意を持ったひとから拒否されるような辛い目には合わせたくない。

 天真ならば大丈夫かもしれないが、時期尚早だと友雅は考えた。

 そもそも、泰明の出自をひとに明かすか否かは自分が判断すべきものではない。

 いずれ、泰明が必要だと判断すれば、自ら天真に明かすだろう。

 泰明の正体を知る頼久も、異議を唱えることなく、友雅の話に耳を傾けている。

 

「…ふうん…三人とも軍の出身で…今は軍事政権を打倒する為のレジスタンスを結成しようとしてる…って訳か」

「頼久の返事は正式には貰っていないけどね」

 肩を竦めて殊更軽い口調で言うと、頼久が恐縮したように軽く頭を下げた。

「失礼致しました。お返事が遅れてしまいましたが、友雅殿の志に同意し、

レジスタンスの一員に加えて頂くために参りました」

 改めて宣言し、引き締めた表情の中に僅かに不敵なものを滲ませて小さく微笑んだ。

「私の元配下であった部隊の隊員たちも皆、軍に反旗を翻す覚悟で集まって参りました。どうぞ、私共々お役立てください」

「それは頼もしい」

 ふたりが言葉を交わす間、何事かを考えているようだった天真が口を開いた。

「…解せないな」

「何がだい?」

 友雅がゆっくりと視線を戻すと、天真は大きく腕を組み、眉根を寄せて応えた。

「こう言っちゃ何だが、あんたとレジスタンスは似あわないような気がするんだよな」

「おや、言ってくれるね」

「まあ、あんたのことは良く知らないから、言えた義理じゃないんだけどな。

俺たち一般民の窮屈な生活の原因は軍にあると俺も常々思ってる。

このまま軍の支配に任せていたら、この状況はますます悪化するだろうな。だけど、レジスタンスなんて…無謀だぜ。

そんな無謀なことを、社会の為や、苦しんでる一般民の為…みたいなご大層な名目を並べ立てて、

実行しようとする奴にはあんたは見えないんだよ。そこの真面目そうな兄さんもな」

「否定はしないよ」

「じゃあ、何なんだ?こんな命知らずのことを敢えてやろうとする目的…理由は?

ここまで俺を巻き込んでくれたんだ。それぐらい教えてくれたっていいだろう?」

 ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、真剣な眼差しでテーブルに半分身を乗り出すようにして問う天真に、

友雅は穏やかに微笑んだ。

「本当に大した理由じゃないんだ。全く個人的で身勝手な私自身の望みを叶える為さ。

どんなことをしても叶えたい望みだ。だが、ひとりで叶えるには無理があってね。頼久に協力をお願いしたのだよ」

「私の望みも友雅殿と同じですから」

 言いながら、ふたりは視線をついと傍らの泰明へと向けた。

「何だ?」

 三人の会話をおとなしく聞いていた泰明は、友雅と頼久、そして、

ふたりの視線に釣られるように視線を動かした天真の三人に揃って見詰められて、戸惑った顔をする。

 ふたりの視線と言葉の意味が分からず、泰明は華奢な首を傾げるが、天真には充分に意味が通じたらしい。

「そういうことか……」

 ふ、と溜め息のような息をひとつ吐いて、身体の力を抜き、座っていた椅子の背凭れに身を預けた。

 暫しの沈黙。

 次いで、顔を上げた天真はもう一度テーブルの上に身を乗り出すようにしてきっぱりと言い放った。

「俺もレジスタンスの一員に加えてくれ」

「天真?」

 泰明は驚いたように目を瞠るが、友雅は心得ていたように静かに頷く。

「そう言って貰えると有難いね」

「しかし、お前には他にやることがあるのではないか?」

 気遣う言葉を口にした泰明に、天真は苦笑を向けた。

「ああ。だからこそ、俺をお前たちの仲間に加えて貰いたい。それが俺の望みを叶える糸口になるんだ」

 一旦言葉を切った天真は目を伏せる。

 そうして開いた瞳に固い決意の色を漲らせ、思い切ったように言葉を継いだ。

「俺は軍に捕らえられている妹を助けたい」

 そう宣言して、天真もまた、自分の事情をこの場で初めて明かした。

 

「…君の話から察するに、君の妹は軍本部のかなり奥まったところにいる可能性が高いね。

確かにそこにひとりで潜入して、君の妹を救い出すことは難しいだろう」

「ああ。あんたたちを利用してるみたいですまないが」

「構わないさ。それに…理由はそれだけじゃないだろう?」

「…ああ、そうだな」

 意味深な友雅の言葉に頷いた天真は、泰明を見て微笑む。

 泰明はまた意味が分からず、首を傾げる。

「どうだい、頼久。天真を仲間に加えることに異存は?」

「ありません」

「泰明はどうだい?」

問いを向けられた泰明は、分からないことはひとまず置いて、天真が話をしている間、考えていたことを口にする。

「天真。妹とは家族のことか?」

「あ?ああ」

「そうか…」

 妙なことを訊く奴だと怪訝そうに応える天真を尻目に、泰明はまた少し考える。

 造られた彼には、「妹」がどのようなものかは分からなかったが、

「父」がいてくれたお蔭で、「家族」の意味は分かった。

 それがどれほど大事な存在であるのかも。

 大きく頷いて口を開いた。

「私も異存はない。一緒に行こう、天真。一緒にお前の妹を探して救い出そう」

「ああ、サンキュ。泰明」

 

 

 まだ少数ではあるが、ある程度の人数が揃い、レジスタンスはここに結成されたのである。

 

 

「泰明殿」

 話が落ち着いたところで、頼久が立ち上がり、泰明の座る場所まで歩んでくる。

「頼久」

 応えて泰明も立ち上がった。

 頼久を見詰める泰明の花の唇は笑みに綻び、僅かに白い頬が上気している。

 頼久と泰明が改めてこうして向かい合うのは再会して初めてのことである。

「頼久。無事だったのだな。良かった…」

「はい」

 別れが別れであっただけに、感極まったように澄んだ瞳を煌かせて話し掛けてくる泰明に、

頼久は思わず笑みを浮かべる。

 そうだ、自分はこの瞳に焦がれるほどに会いたかったのだ。

そんなふたりの仲睦まじげな雰囲気に、天真がむ、と眉を顰める。

 抗議するように泰明の恋人である筈の友雅を見遣るが、友雅はちょっと肩を竦めて苦笑するだけだ。

 それらの視線を余所に、頼久は懐に手を入れながら口を開く。

「泰明殿。御手を出していただけますか?」

「こうか?」

 泰明は素直に頼久に向かって、細い手を差し出す。

 その白い掌の上に、頼久はそっと懐から取り出した小さな物を乗せた。

「これはもしや貴方のものではありませんか?」

 青い硝子の欠片を集めた小さなプラスチックケース。

 泰明の大きな瞳が更に大きく瞠られる。

「そうだ…なくしてしまったと思っていたのに……」

「貴方がたとお別れした直後に見付けたのです。貴方の物ではないかと思い、ずっと持っておりました。

お返し出来て良かった」

「…有難う、頼久」

「いいえ、大したことではありません」

 泰明の言葉に微笑んで首を振り、頼久はケースを握り締めた泰明の手を上から包むように握る。

「こうして、貴方に再び見えることが出来る日を心待ちにしておりました。今、貴方を目の前にして、私の願いは叶った。

そのことに無上の喜びを感じています」

 明らかに仲間に対する親愛以上の熱を込めて頼久は泰明に語り掛けている。

 今にも握り締めた手に口付けでもしそうだ。

 しかし、泰明は目の前の男の心情に全く気付くことなく、無邪気に目を輝かせる。

「私も…私も再び頼久に会うことができて嬉しい」

 そう言って、他愛ないほどの親愛と信頼に満ちた眼差しで、頼久を見上げる。

「今度は私たちと一緒に来てくれるのだろう?」

「もちろんです」

「そうか」

 嬉しい。

 もう一度そう言って微笑む泰明の笑顔を、頼久は目を細めて眺め、知らず握った手に力を込める。

「泰明殿…」

「ちょっと待った!」

 そのとき、ついにふたりから醸し出される雰囲気に耐え切れなくなった天真が割って入った。

 ふたりの間に己の身体を割り込ませて、頼久を真っ向から睨む。

「おい、お前。一体泰明の何なんだよ?!」

 天真の剣幕に、泰明はきょとんとし、頼久は熱くなっている少年とは対照的な静かな眼差しで相手を見返す。

「お前にそれを言わなければならない理由はないと思うが」

「何だと?!」

 冷静だが突き放したような応えに、天真が腹を立てて頼久の胸倉を掴み、頼久はその手を逆に抑える。

 まさに一触即発の状況となり、泰明はまた戸惑って睨み合う頼久と天真を交互に見遣る。

そうして、視線を手にしたプラスチックケースに落としてから上げると、

彼らの状況を苦笑しきりで眺めている友雅の姿を見付けた。

 その途端、ケースが戻った喜びが蘇り、気付けば友雅の元へ駆け出していた。

「友雅、友雅」

「ん?何だい?」

 笑顔で迎えてくれた友雅に、宝物だったケースを差し出して見せる。

「戻ってきたのだ。お前の言った通りだった」

「良かったね、泰明」

 笑顔で頷く泰明の細い肩を友雅が抱き寄せると、泰明は素直に友雅の胸に身を任せた。

 そうしながら、ふと思い出したようにシャツのポケットを探り、この前拾った幾つかの硝子の欠片を取り出す。

 慎重な手付きで、ケースの蓋を開け、取り出した欠片を中に入れる。

 満足そうな表情で、ケースを部屋の灯りに翳し揺らしながら、友雅を見上げて嬉しそうに笑う。

 その様子がなんとも無邪気で可愛らしくて、友雅は微笑み返しながら、

細い身体を抱き締め、柔らかく綻ぶ目元に口付けた。

 頼久と天真はいつの間にか置いてけぼりである。

「…………」

「…………」

 何故か、とんびに油揚げを攫われたような気分になってしまう。

 天真は馬鹿らしくなって、頼久の胸倉を掴んでいた手を離した。

 何にせよ、噛み付く相手が違う。

「ま、お前も苦労するよな」

「それはお互い様だろう」

 仲睦まじい恋人たちの様子を眺め、残された男ふたりは苦笑し合った。

 

 

「閣下、ご報告致します。追っ手として差し向けた部隊は殲滅されたとの由」

「そうか」

「どうやら、消息を絶っていた軍曹、源頼久と彼の元配下、第八少数突撃部隊の面々が彼らに合流したらしく…

それが我ら部隊が敗れた原因かと思われます」

「そうか」

「彼らは街を脱出し、そのまま情報都市へ向かうと思われますが…」

「捨て置け」

 次の指示を促すように、言葉を途切れさせた参謀中将に向かって、アクラムは素っ気無いほどの応えを放った。

「……」

「どうした?言いたいことがあるならば聞くぞ」

 黙り込んだ参謀中将を、今度はアクラムが笑みを含んだ声で促す。

「…理解に苦しみます」

 暫しの沈黙の後、中将は搾り出すように言葉を発した。

「災いの芽は早めに摘み取るに越したことはないと私は考えます。

それなのに、閣下は何故…私には貴方の考えておられることが分かりません」

 執務室の机に肘を預けたまま、アクラムは乾いた笑い声を上げた。

「それはそうだ。誰にも他人(ひと)の考えていることなど理解できまい。

例え、この頭、或いは胸を開いてその中を見ることが出来たとしても、不可能なこと…それが分かるのは唯一己自身だけだ」

「しかし、貴方は我が軍の頂点に立つ将軍でいらっしゃる。

我々に己の考えを明示し、的確な指示を与えてくださらねばなりません」

「だから、捨て置け、と言っている」

 冷たさを増した将軍の言葉に、中将は恐縮したように腰を折る。

 下がるように手振りで示すと、まだ何か言い足りなそうにしながらも、黙ったまま部屋を退出していった。

 そんな部下の様子には構わず、アクラムはゆっくりと立ち上がる。

 長い金の髪が黒い軍服の背でさらりと揺れた。

 机に設置してある端末を操作し、ホログラムを立ち上げる。

「橘友雅…源頼久…森村天真…」

 次々に映し出される立体映像の人物の名を呟く。

 軍人にしては整った指が操作盤の上を動いて、新たな人物の姿が映し出された。

 すらりと細く華奢な姿。

 長い翡翠色の髪に、翡翠と黄玉の稀なる瞳。

「…アズラエル……」

 その名を呟く声に、愉悦が滲んだ。

 そっと立体映像へと指を伸ばす。

 触れた唇は、何の温みも触感さえも持っていない。

 ただ、そこに映し出されているだけの幻。

 それでも、アクラムは微笑んだ。

「来るか…アズラエル……私の元へ……」

 愉悦を含んだ声で囁き掛ける。

 

 誘うように。

 

 

 焦がれるように。


the end? or...
「Blue 〜angel〜」終了で御座います!! いやあ〜、長かったですね!(笑) 最後までお付き合い下さいました方、本当に有難う御座います(平伏)。 ここに到って、青龍組+αが仲間に加わり、レジスタンスが正式結成です。 とはいえ、まだまだ味方は少なく、更には、敵の大将、 アクラムの不穏な言動もあったりして、これからも波乱万丈な展開になる…予定(笑)。 この最終話の後半部分は、書いてて楽しくて仕方ありませんでした! 男共の協調と争い、双方の原因となりながらも、それに気付かず、 無意識に彼らを振り回しちゃってるやっすんがもう可愛くて可愛くて♪ これから振り回される男がどんどん増えてく訳ですよ!こりゃ楽しみだ♪(書くのは私です/苦笑) 最終的に、友雅氏がいいとこ取りなのはまあ、お約束ということで(笑)。 やっすんに並々ならぬ執着を匂わせるアクラムも書いてて楽しかったです。 これから、彼はどんなことを仕掛けてくれちゃうのでしょうか!(だから、書くのは私/汗) この楽しさを、御覧になった方々と少しでも分かち合うことが出来ましたら(笑)、更に幸せです♪ さて、次回は、既にお察しの方もいらっしゃいましたが(笑)、鷹通登場篇です。 友雅氏が語っていたジャーナリストの知り合いですね。 やっすんたちは、彼をレジスタンスの一員に無事加えることが出来るのか、 また、彼がやっすんとどのように関わり、変わって(?)いくのか、 ご期待くだされば幸いです…っていうか、私が期待してます(期待する前に書けよ/笑)。 再びこのBlueシリーズで皆様にお会い出来ますよう♪ お粗末さまでした(平伏)。 top back next