雨宿り 後編 「よ、邪魔してるぜ」 リビングのソファの上から、天真が陽気に手を上げた。 「こちらこそ、邪魔をするよ」 それににこやかに応えつつ、 友雅は天真が座る場所とは反対側のソファに腰を下ろす。 花束を食卓へと置き、泰明はケーキの箱を持って、台所へと入っていく。 「茶を入れる。少し待っていてくれ。友雅、今、コーヒー豆を切らしているのだが」 「ああ、紅茶で構わないよ。お気遣い有難う」 「天真のお茶も冷めたろう、新しいのを入れる」 「ああ、サンキュ」 「雨の中、傘を持っていなかった泰明を濡れないよう送ってくれたのだってね」 「ああ。でも、お前からの礼は不要だぜ。泰明が困ってたからそうしただけのことだ。 そもそも友雅が俺に礼を言う必要なんてないだろ?泰明はお前のものじゃないんだし」 「…確かにそうだね」 「ああ、でも俺の方は礼を言わなきゃならないか。今、友雅の服を借りてるもんな」 「それこそ、礼は不要だよ。君には泰明の服は合わないのだから当然だ。 それに、それは元々泰明が用意したものだ。私に文句を言う筋合いはないよ。 泰明は誰のものでもないからね」 「お前のものじゃないと同時に俺のものでもないと言いたい訳か」 「事実だろう?」 二人は軽口を装いつつ、互いを牽制し合う。 リビングでの静かなる戦いを余所に、 お茶の準備を整えた泰明は開かれたケーキの箱を前に真剣に悩んでいた。 今、部屋にいるのは自分を含めて三人。 それに対して、友雅が買ってきてくれたケーキは二つしかない。 友雅は泰明の家に天真が来ていることなど知らなかったのだから、 ケーキの数が足りないのは当り前のことだ。 苺のショートケーキと甘さ控え目のチーズケーキ。 どちらも泰明の好きなものである。 泰明は散々悩み、結局自分は我慢して、二人の客人にケーキを出すことに決めた。 「さて、と」 天真がソファから立ち上がる。 「帰るのかい?」 「ああ、俺の服ももう乾いてるだろうからな」 さっきまで見えない火花を散らしあっていた割には、あっさりとした引き際の良さに、 友雅がやや拍子抜けしていると、天真がちらりと泰明のいる台所の方を見遣る。 「それに、泰明がケーキのことで悩んでるだろうからな」 「…なるほど」 暗に、友雅に譲る訳ではないと匂わせてから、天真は泰明のいる台所に向かう。 「泰明、せっかく茶を入れてもらってる最中に悪いんだけどさ、俺、そろそろ帰るわ。 もう服、乾いてるだろうし」 案の定、ケーキを前に悩んでいたらしき泰明がはっと顔を上げる。 「何か用があるのか?」 「まあ、そんなもん」 「そうか、それなら長く引き止めてすまなかった」 「謝んなよ。居座ってたのは俺の方だしな」 話しながら、二人は台所を出て、泰明は乾いた天真の服を取りに行く。 服を手渡そうとして、泰明は何かに気付いたように、天真を見た。 「天真。今はもう、寒くなくなったか?」 その問いに、リビングでさり気なく二人の会話を聴いていた友雅が、ぴくりと反応する。 「ああ、それね」 天真はちょっと笑って、一瞬だけ友雅の方を見遣る。 次いで、素早く泰明の滑らかな頬に口付けた。 これ見よがしに。 途端、友雅の整った眉が寄せられる。 それを目の端で捉えた天真は、泰明に向かって快活に微笑む。 「寒いのはこれで治った」 「本当か?」 「ああ」 それから、まだ何か訊きたそうにしている泰明の細い肩を抱き寄せて耳元で囁く。 「寒かった理由はまた今度な」 今度、邪魔のないときに。 と、これは内心でだけ呟いて服を受け取り、奥で素早く着替える。 「じゃあな」 「天真。有難う」 「もう、礼はいいって。俺も世話になったしな」 天真は泰明の傍らへやって来ていた友雅と擦れ違いざま、 「ごゆっくり」 不敵な笑みを閃かせて、部屋から出て行った。 あの笑みは敵わないと身を引く者の笑みではない。 去り際の泰明への口付けといい、恐らく自分に対する挑戦だろう。 自分と泰明を争うつもりであることを態度で示した訳だ。 しかし、その割には引き際が良過ぎる。 二人きりの間に何かあったのか。 泰明の様子を見ていると、何か特別なことがあったようには思えないのだが…… 泰明と一緒に二つのケーキを仲良く半分ずつ食べながらも、 珍しく友雅はそんな焦燥感に駆られていた。 その後のくつろぎの時間、泰明は友雅のくれた紫陽花の花を花瓶に生ける。 友雅は細い指が、花を一本一本丁寧に花瓶に挿していく様子を、 リビングのソファから眺めた。 何処までもいつも通りの泰明。 「泰明。今日は災難だったね」 本当は天真と何があったのかを、ずばりと訊きたいのを抑えて、遠回しに話を振ってみる。 「そうでもない」 泰明は淡々と応えて、友雅の傍らへとやってきて、隣にすとんと腰を下ろす。 「最初は困ったことになったと思っていたが、天真が助けてくれた。 天真が本と私を守ってくれたのだ」 そう言って、嬉しそうに低いガラスのテーブルに、置かれた本を見遣る。 「天真は良い奴だ」 「…そうだね」 確かに自分がずぶ濡れになってまで、泰明(と本)を守ってくれた天真の行動は、 賞賛はしても、非難するものではないだろう。 しかし、先を越されたという感は、どうにも拭えない。 今、泰明を微笑ませているのは、ここにいる自分ではなく天真だ。 それがどうにも焦れったくて、その視線を自分に引き寄せたくて、 友雅は傍らの細い身体を引き寄せる。 「友雅、どうしたのだ?」 ようやく、その綺麗な瞳を捕らえることが出来て、友雅は微笑んだ。 「友雅も寒いのか?」 が、そう問われて、抑えていた疑問が膨れ上がる。 「さっきもそう訊いたね。一体天真とどのような話をしていたんだい?」 どうにか自然に話を持っていけたことに安堵しつつ、問い掛けると、 泰明は友雅の腕の中で首を傾げた。 「天真もこうして私を抱き締めて、「寒い」と言ったのだ。 だが、それは風邪を引いた所為ではないと言う。 そして、先程私に口付けただけで治ったと言った。理由は今度教えると言われたのだが…」 そうして、友雅を澄んだ眼差しで見詰める。 「友雅は分かるか?」 理由は分かる。 天真の言う寒いとは「心」のことであり、もっとはっきり言えば、 「人肌が恋しい」と言う意味だろう。 分かるが、それを泰明に教えるつもりは毛頭ない。 「…いや、申し訳ないけれど」 苦笑めいた微笑を返す。 泰明の投げ掛けた問いで、自分がいない間に二人に何があったのかそれとなく察する。 天真は自分がいない隙に、泰明をちゃっかり口説こうとしていたのだ。 友雅は危機一髪で間に合った訳だ。 もっとも、天真にとってはせっかくの機会を逃した実に惜しい状況だっただろうが。 しかし、そうなると、去り際の天真の自信ありげな様子が更に解せない。 友雅は知らず、泰明を抱き締めた腕に力を込める。 細い首筋に顔を埋めると、花のような泰明の香りがする。 いつもならその香りに軽い酩酊感を覚える友雅だったが、 天真もこの香りを経験したのだと考えると、素直に酔うことが出来なかった。 一方、泰明は友雅の暖かい腕に包まれて、すっかり安心しきっていた。 そういえば、今日は夜勤明けだったのだ。 いつもより、やや込められた力が強いものの、友雅の腕の中は心地良い。 次第にふわふわとした気分になってくる。 しかし、そんな泰明の様子に、友雅は彼にしては珍しいことに、全く気付かなかった。 今はいない天真に煽られるような形で、泰明の白い項に口付ける。 次いで、腕の中で俯いている泰明の顔を掬い上げるように口付けようとして、 彼の顔を覗き込むと…… 「泰明?」 なんと、俯いていた泰明はすやすやと寝息を立てて、夢の世界へと旅立っていた。 「………」 友雅は思わず脱力して、再び泰明の首筋に突っ伏すようにして顔を伏せてしまった。 ……道理で口付けたとき、何の反応もなかった訳だ。 友雅は溜息を一つ吐いてから、眠ってしまった泰明の華奢な身体を抱き上げ、 リビングの隣にある寝室のベッドの上へと静かに横たえる。 横たえるとき、友雅の暖かい身体が離れるのを嫌がって、泰明は子供のように眉を寄せ、 小さく唸るような声を出して、友雅のシャツの胸元にしがみ付いた。 しかし、丁寧に上掛けを掛けてやり、流れる細い髪をゆっくりと撫でてやると、 安心したように手を離し、おとなしくなった。 無邪気に眠る清らかな天使は、果たして今どのような夢を見ていることか。 願わくはそこに自分の姿があれば良い。 そんなことを思いつつ、友雅は泰明の白い額に落ちかかる柔らかな前髪を掻き上げ、 そっと穏やかな寝息を立てる薄紅色の柔らかな唇に口付けようとする。 が、あまりに無垢で幸せそうな泰明の寝顔に負けて、 結局その額に口付けるだけで済ました。 飽くことなく泰明の髪を撫でながら、友雅は苦笑する。 友雅と泰明を二人きりにしておきながら、天真があれ程の余裕を見せていたのは、 この状況を見越していたからではないかと気付いたからだ。 例え、泰明と二人きりとなったところで、 未だ無邪気な彼を相手に無体な真似に及ぶことがあろう筈がないと。 事実、その通りな訳であるが。 それを見越した上で、技と余裕ある素振りを見せて、 友雅を内心で慌てさせたというのなら。 友雅は見事に天真に踊らされたことになる。 「なかなかやるね」 友雅は苦笑しつつ呟いた。 天真はかなりの好敵手だ。 彼に対する認識を改める必要がありそうである。 純粋な泰明に対して強引になりきれない友雅の心情を、天真は実に的確に捉えている。 しかし、それは同時に天真も泰明に対してはそうなのだと察せられるものでもある。 友雅はその端正な唇に鮮やかな笑みを浮かべる。 今はいない恋敵に向かって挑戦的に呟いた。 「負けはしないけどね」 勝負はまだこれからだ。 |
1000hitキリリクで御座います。 寿桜子様、キリリク申請+リクエスト、誠に有難う御座いました!! リクは「ともてんやすの三角関係」で、「二人に迫られちゃうやっすん」で、宜しかったでしょうか?? 登場人物が増えるごとに長くなっていくストーリー(中味無しにも関わらず。/汗) 恐れていた前後編となってしまいました(冷汗)。 …久し振りに天真を書くから、格好良くしたいな♪なんて思いつつ…… 若さ故の自信…みたいなのを出してみたかったのです…が…玉砕気味です(汗)。 何よりリクに応え切れてない話の内容自体に玉砕です(泣)。 二人に迫られてもやっすん、全然お困りじゃありません(汗)。 寧ろ、ケーキのことで悩んで…た…り……(死) ひたすら格闘した末に、出来上がったものを見てみると、 何故か「やきもち焼き友雅」がテーマみたいな話に…… 「やっすんの項は良いかほり(笑)がしそうよね〜〜♪」という腐れた妄想も取り混ぜてみましたが、 結局いつも通りのオチとなってしまいました……… 恋人というより、父兄のような友雅氏……(死) いや、書いてる本人は面白かったんだけれども……(汗) もももも、申し訳御座いません!!!(ひたすら謝罪) 寿様、斯様な代物となってしまいましたが、問題ないでしょうか?(滝汗) 宜しければ…宜しければ、お持ちになってやって下さいませ…… いつもの如く、返品可です…いっそのことドブに捨ててやっても……(しくしく) いやでもだがしかし、そんなお手間を取らせる訳には……(苦悩) …相変わらずのヘボですが、ここまで御覧頂きました方々に感謝の言葉を。 そして、1000hit有難う御座います♪ 前編へ 戻る