企画 八★友雅×泰明

石畳の道に馬蹄の音を響かせて、ゆっくりと馬車が走る。
その馬車で、泰明は色違いの澄んだ瞳を星のように煌かせながら、時代を遡ったかのような異国の街を見渡している。
何か気を引かれるものを見つけるたび、
「友雅、あれは何だ?」
と、聞いてくる。
隣にゆったりと座る友雅は、その質問にひとつひとつ答えてやりながら、街の景色よりも泰明の愛らしい表情を愉しんでいた。
それでは旅に出た意味がないと言われそうだが、友雅にとっては泰明の常よりもはしゃいだ様子を見られただけでも充分に意義がある。
何よりも風情あるこの街の風景が、泰明に良く似合う。
泰明は身を乗り出すようにして座席に腰掛け、片手は友雅の服の袖を軽く掴んでいる。
何か、聞きたいことがあると、くるりと友雅に振り向き、くいくいと掴んだ袖を引く。
「友雅、あの時計塔の文字盤の両脇にある扉は?」
「ああ、あれはからくりのひとつだよ。決まった時間になると、あの扉が開いて、人形が顔を出すよ。帰りに見てみようか?」
こくりと嬉しそうに頷く泰明に微笑み返して、友雅はさり気なく袖を掴む細い指に己の指を絡めた。

丘の上で馬車を降り、頂上にある城の周りをゆっくりと巡る。
すると、城門前の広場に、人が集まっているのが見えてきた。
「何だろうか?見てくる」
そう言うと、泰明は繋いでいた手をつれなく解き、駆けていった。
空になった己の手を無言で一瞥し、軽く肩を竦めて、友雅もゆっくりと広場へ向かう。
広場では、ちょうど衛兵の交代式が行われているところだった。
記念写真を撮ろうとカメラを構えている観光客の姿もちらほら見える。
すぐに泰明の翡翠色の頭を見付けて、友雅は傍へと行く。
興味深そうに、式の様子に見入る泰明に話し掛ける。
「こちらの衛兵はね、金髪碧眼の見目麗しい若者が特に選ばれてなるらしいよ」
それが証拠に、カメラを構えているのは、女性が多い。
泰明が振り返って不思議そうに訊ねる。
「何故、金髪碧眼に限るのだ?」
「さあねえ…理由は分からないが、それがこの辺りでの美形の条件らしいよ」
応えながら、友雅は、泰明の絹糸のような長い髪に指を絡め、梳くように撫でる。
「私は金髪よりも、翡翠色の髪の方が輝いて見えるし、青い眼よりも、翡翠と琥珀の色違いの瞳の方が、宝石のように煌いて見えるけれどね」
「お前はいつもそればかりだ」
耳元で囁いてやると、泰明は僅かに白い頬を染めて、文句を言った。
拗ねたような表情が可愛らしくて、友雅は思わず声を立てて笑う。
華奢な肩を抱き寄せたところで、近くにいたカメラを持った女性と目が合う。
近付いてこようとする気配を察して、慌てて泰明を促してその場を離れた。

それから、行きは馬車で上ってきた通りを、徒歩で下る。
店のショーウィンドウや建物の壁に設えてある紋章、道端の猫にすら興味を示し、立ち止まる泰明に、友雅も付き合った。
泰明を一人にすると、女性だけではなく、男性からも声を掛けられるので、目を離せないという実情もある。
しかし、ゆったりとした愉しい時間だった。
泰明が隣にいるだけで、退屈などは目の前から逃げていく。
時計塔のからくりを見て、街で一番大きな石橋に至ったときには、陽が暮れかけていた。
それでも、橋の上は通り過ぎる観光客で賑わっていた。
ふと、泰明の足が止まる。
「何か聞こえる」
「これは…アコーディオンだね」
自分の目で確かめようとばかりに、再び泰明は歩き出す。
友雅も人混みからそれとなく泰明を庇いながら共に進んだ。
橋の欄干沿いの人混みが途切れた空間。
そこで、初老の大道芸人がアコーディオンを弾いていた。
紅い夕陽を背にした影絵のような姿が紡ぐ仄かに哀愁漂う異国の調べ。
不思議に懐かしい情景。
ふと友雅が隣を見やると、泰明が僅かに首を傾げるようにして、一心にアコーディオンの音色に聞き入っている。
小さく笑みをこぼして、立ち尽くしている泰明の腕を引き、欄干側へと導いた。
その間にも陽は傾いていき、賑わっていた橋の上も徐々に寂しくなっていく。
演奏を終えた大道芸人が、聴衆の拍手に礼をしながら去ったときには、橋を行きかう人々は既にまばらとなっていた。
「泰明」
自分たちもそろそろホテルへ戻ろうと促す為に声を掛けると、川の水面に沈む夕陽をじっと見詰めていた泰明が振り向いた。
花弁のような柔らかな輪郭を描く唇が、ほんのりと微笑む。
「綺麗、だな」
その言葉に導かれて、友雅は改めて、目前の夕景へと改めて眼を向ける。
自らが橙に染め上げた空に溶け出しそうな紅い夕陽。
同じ色に染められた街。
波間の陰影を際立たせながら煌く水面。
そして…
白い頬や、翡翠色の髪を常とは違う色合いに煌かせている泰明の姿。
それでも、澄んだ笑顔の美しさは変わらない。
同じ陽に照らされている己の姿は、泰明の目にどのように映っているのだろうか。
そんなことを頭の片隅で考えながら、友雅は微笑んだ。
「…そうだね。本当に綺麗だ」
「とも…」
泰明の呼び掛けが途中で途切れる。

夕陽に切り取られたふたつの影が、ひとつに重なった。


企画第8弾は、ともやすです。 え〜…ヤマもオチもなくてすみません(汗)。 単に、「現代版ともやすin西洋の街」を書いてみたかっただけという話。 私は結構愉しかったんだけども…自己満足な出来?(苦笑) モデルとなった街は、表記するのもおこがましいので(適当な部分もあるし/汗)、 明らかにしないでおきます。 ここ最近の『世界○産』(T○S系列)を御覧になった方ならお分かりになるかも。 実は、これ見て、この話のテーマが決まったといっても過言ではありません(笑)。 戻る